・・・露の垂りそうな円髷に、桔梗色の手絡が青白い。浅葱の長襦袢の裏が媚かしく搦んだ白い手で、刷毛を優しく使いながら、姿見を少しこごみなりに覗くようにして、化粧をしていた。 境は起つも坐るも知らず息を詰めたのである。 あわれ、着た衣は雪の下・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・と言う声が沈んで、泣いていたらしい片一方の目を、俯向けに、紅入友染の裏が浅葱の袖口で、ひったり圧えた。 中脊で、もの柔かな女の、房り結った島田が縺れて、おっとりした下ぶくれの頬にかかったのも、もの可哀で気の毒であった。が、用を言うと、「・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・お京さんは、結いたての銀杏返で、半襟の浅黄の冴えも、黒繻子の帯の艶も、霞を払ってきっぱりと立っていて、と、うっかり私が言ったんだから、お察しものです。すぐ背後の土間じゃ七十を越した祖母さんが、お櫃の底の、こそげ粒で、茶粥とは行きません、みぞ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 今日は不漁で代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱の鯉口を着た若衆はセッセと盤台を洗っていると、小僧は爼板の上の刺身の屑をペロペロ摘みながら、竹箒の短いので板の間を掃除している。 若衆は盤台を一枚洗い揚・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・小僧はだぶだぶの白足袋に藁草履をはいて、膝きりのぼろぼろな筒袖を着て、浅黄の風呂敷包を肩にかけていた。「こらこら手前まだいやがるんか。ここは手前なぞには用のないところなんだぜ。出て行け!」 掃除に来た駅夫に、襟首をつかまえられて小突・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・着ている物は浅葱の無紋の木綿縮と思われる、それに細い麻の襟のついた汗取りを下につけ、帯は何だかよく分らないけれども、ぐるりと身体が動いた時に白い足袋を穿いていたのが目に浸みて見えた。様子を見ると、例えば木刀にせよ一本差して、印籠の一つも腰に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・先生は自然と出て来る楽しい溜息を制えきれないという風に、心地の好い沸かし湯の中へ身を浸しながら、久し振で一緒に成った高瀬を眺めたり、田舎風な浅黄の手拭で自分の顔の汗を拭いたりした。仮令性質は冷たくとも、とにもかくにも自分等の手で、各自に鍬を・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・障子が、浅黄色。六時ごろでもあろうか。 私は素早く蒲団をたたみ押入れにつっこんで、部屋のその辺を片づけて、羽織をひっかけ、羽織紐をむすんで、それから、机の傍にちゃんと坐って身構えた。異様な緊張であった。まさか、こんな奇妙な経験は、私とし・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・派手な大島絣の袷に総絞りの兵古帯、荒い格子縞のハンチング、浅黄の羽二重の長襦袢の裾がちらちらこぼれて見えて、その裾をちょっとつまみあげて坐ったものであるが、窓のそとの景色を、形だけ眺めたふりをして、「ちまたに雨が降る」と女のような細い甲・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・碁盤のすじのような模様がついた浅黄いろの木綿着物であった。刀も買った。刃わたり二尺四寸余の長さであった。 やがてシロオテはロクソンより日本へ向った。海上たちまちに風逆し、浪あらく、航海は困難であった。船が三たびも覆りかけたのである。ロオ・・・ 太宰治 「地球図」
出典:青空文庫