・・・ ちらと見ると、浅黄色のちりめんに、銀糸の芒が、雁の列のように刺繍されてある古めかしい半襟であった。「晴れないかな。」そろそろポオズが、よみがえって来ていた。「ええ。お草履じゃ、たいへんでしょう。」「よし。のもう。」 そ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・着物の裾をからげて浅葱の股引をはき、筒袖の絆纏に、手甲をかけ、履物は草鞋をはかず草履か雪駄かをはいていた。道具を入れた笊を肩先から巾広の真田の紐で、小脇に提げ、デーイデーイと押し出すような太い声。それをば曇った日の暮方ちかい頃なぞに聞くと、・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・肩から四角な箱を腋の下へ釣るしている。浅黄の股引を穿いて、浅黄の袖無しを着ている。足袋だけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。 爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭を出した・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・馬は風呂敷ぐらいある浅黄のはんけちを出して涙をふいて申しました。 「あなた様は私どもの恩人でございます。どうかくれぐれもおからだを大事になされてくだされませ」そして馬はていねいにおじぎをして向こうへ歩いて行きました。 ホモイはなんだ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ そして浅黄の瑪瑙の、しずかな夕もやの中でいわれました。(よくお前はさっき泣その時童子はお父さまにすがりながら、(お父さんわたしの前のおじいさんはね、からだに弾丸をからだに七つ持と斯う申されたと伝えます。」 巡礼の老人は私の・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・小麦を粉にする日ならペムペルはちぢれた髪からみじかい浅黄のチョッキから木綿のだぶだぶずぼんまで粉ですっかり白くなりながら赤いガラスの水車場でことことやっているだろう。ネリはその粉を四百グレンぐらいずつ木綿の袋につめ込んだりつかれてぼんやり戸・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ 紳士が下の浅黄色のもやの中で云いました。「うん。一ドルやる。しかしパンが一日一ドルだからな。一日十斤以上こんぶを取ったらあとは一斤十セントで買ってやろう。そのよけいの分がおまえのもうけさ。ためて置いていつでも払ってやるよ。その代り・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・するとちょうどそこを、大きな荷物をしょった、汚ない浅黄服の支那人が、きょろきょろあたりを見まわしながら、通りかかって、いきなり山男の肩をたたいて言いました。「あなた、支那反物よろしいか。六神丸たいさんやすい。」 山男はびっくりしてふ・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・って夜が更けてから家に帰った、ポーッとあったかい部屋に入るとすぐ女はスルスルと着物をぬいで白縮緬に女郎ぐもが一っぱいに手をひろげて居る長襦袢一枚になって赤味の勝った友禅の座布団の上になげ座りに座った。浅黄の衿は白いくびにじゃれる蛇の様になよ・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・背面の濃い杉山には白い靄が流れている雨の晴れ間に、濡れた林檎が枝もたわわに色づいており、山内劇場と染め出した浅黄の幟が、野菜畑のあぜに立っていた。〔一九三六年十一月〕 宮本百合子 「上林からの手紙」
出典:青空文庫