・・・絶壁のように厚い雲の割目から爽やかな水浅黄の空が覗いて、洗われた日光がチラつく金粉を撒き始めます。此の軽い大気! 先生、うんざりする雨の後に、急に甦って輝く森林や湖水、其等の上に躍る日光は、何と云う美くしさでございましょう。水溜を跳び越えな・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ ○カマクラの海浜ホテルで見た、シャンパンをぬいた I love you が、又あの水浅黄格子木綿服の女と、他に子供づれの夫人とで来て居た。 ○下手な絵を描いて居た女、二十七八、メリンスの帯、鼻ぬけのような声 ○可愛いセルの着物・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・鍔広のメキシコ帽をかぶり…… 空は水蒸気の多い水浅黄だ。植物は互に縺れこんぐらかって悩ましく鬱葱としている。彼の飾帯はその裡で真紅であった。強烈な色彩がいつまでも、遠くから見えた。――ミシシッピイ――〔一九二四年十一月〕・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
・・・ 婆さんは、私の家に、金のなる木があって、私は不死の生をさずかって居るとでも思って居る様な口調で、スラスラと「何のこれしきの事」と云う調子で云う。「ほんにそうだのし。 浅黄の木綿の大風呂敷を斜に背負って居るお繁婆さん・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 水浅黄っぽい小紋の着物、肉づきのよい体に吸いつけたように着、黒繻子の丸帯をしめた濃化粧、洋髪の女。庭下駄を重そうに運んで男二人のつれで歩いて来た。「どっちへ行こうかね」「――どちらでも……」 女、描いた眉と眼元のパッと・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・ 百姓は浅黄股引姿でブルブル震えながら云った。「アアこれはこれは天狗様。話に聞いた天狗と云うのは、あなたのことでございましたか。昔から天狗に遭えば生身を八ツ裂にされて喰われるということは聞いておりました。この山中で逃れる術もあります・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・私は歯をくいしばったまんま、ツイと手をのばしてわきにたて廻してあるはりまぜの屏風のうらをひっかいた。浅黄色の裏は、「ソーレ」と云った様に白いはらわたをむき出した。 千世子のどうしようもないかんしゃくを、嘲笑う様にあさぎのかみはヘ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・五助は肩にかけた浅葱の嚢をおろしてその中から飯行李を出した。蓋をあけると握り飯が二つはいっている。それを犬の前に置いた。犬はすぐに食おうともせず、尾をふって五助の顔を見ていた。五助は人間に言うように犬に言った。「おぬしは畜生じゃから、知・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・衣類は木綿単物、博多帯、持物は浅葱手拭一筋である。死骸は玉木勝三郎に預けられた。次に呼び出されていた、亀蔵の口入人神田久右衛門町代地富士屋治三郎、同五人組、亀蔵の下請宿若狭屋亀吉が口書を取られた。次に九郎右衛門等の届を聞き取った辻番人が口書・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ちょうど浅葱色の袷に紋の染め抜いてある辺である。 甘利は夢現の境に、くつろいだ襟を直してくれるのだなと思った。それと同時に氷のように冷たい物が、たった今平手がさわったと思うところから、胸の底深く染み込んだ。何とも知れぬ温い物が逆に胸から・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫