・・・そうしたらぼくのそばに寝ているはずのおばあさまが何か黒い布のようなもので、夢中になって戸だなの火をたたいていた。なんだか知れないけれどもぼくはおばあさまの様子がこっけいにも見え、おそろしくも見えて、思わずその方に駆けよった。そうしたらおばあ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ でおかあさまは子どもを連れてそれに乗りました。船はすぐ方向をかえて、そこをはなれてしまいました。 墓場のそばを帆走って行く時、すべての鐘は鳴りましたが、それはすこしも悲しげにはひびきませんでした。 船がだんだん遠ざかってフョー・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・「おかあさまはわかったよ、あれねえ、ひきざくらの花」「なぁんだ、ひきざくらの花だい。僕知ってるよ」「いいえ、お前まだ見たことありません」「知ってるよ、僕この前とって来たもの」「いいえ、あれひきざくらでありません、お前とっ・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・おばあさんは、貴方御存じないけれども南風の吹く日はやたらに忙しがって用もないのにお離れでコトコト動いて、私が「おばあさま、どうなすったの」ときくと、「きょうは、はア、南風が吹くごんだ」と云って、あわてているの。春になって南風が吹くと私も閉口・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ おかあさま知っていらっしゃるか! 先生は知っていらっしゃるか! 彼女は、こういう意味の言葉を、書いた。そして、それを机の上に拡げて、今まで決して聞かなかったはずのない「偉い人」を考え、探し始めたのであった。 偉い人、彼女は度々・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ものをさせるのが下手親が病気をしてもちっとも心配しない私が目がわるくなってから何度ものをよんでくれた○おかあさま、それぞれの立場でしなくてはならないことをわからせておさせなさいよ」寿江子の靴下プランタンへ・・・ 宮本百合子 「「道標」創作メモ」
・・・「手紙がとってある――おかあさま、そんな事もおっしゃるの、私は、真個に、心が痛む、「だけれども、そうじゃあないか、一体が、始めから私は結婚を許したのじゃあ、ありません。此は、此間も話した事だけれども、家でも斯うやって多勢子供も死に、・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・「おかあさま、それでいいの? 何だか余り……」 自分は、到頭泣き出してしまった。彼女が、何とも云えず狂暴に、何とも云えず苦しさに混乱して居る様子が、自分には、云いようなく辛かった。和らぎたい心持は、溢れる程胸に満ちて居る。而も、私は・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・あたまのこまっかいひだの間なんかにはキットおばあさま、おかあさま、ばあやなんかの思い出がこもってる様でネエ」 こんな事も云った。「ネ、お敬ちゃん、お染とお七と――その気持の出る様なのを作って見ない」 私がものずきにこんな事を云い・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・「ね、おかあさま、酷いのよ。新らしい、ちゃんと作ってある畑をわざと滅茶滅茶に踏こくったり、ガワガワ樹の皮を剥いたりするんですもの、僕驚いちゃったや「ああああ其那ことをする者はね、決して立派な子じゃあないよ「此の水毒じゃあないのお・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫