・・・ と、彼女からは、孫にあたある仁助に頭を下げた。 学校で席を並べていた同年の留吉は、一ヶ月ほど前、醸造場へ来たばかりだったが、勝気な性分なので、仕事の上では及ばぬなりにも大人のあとについて行っていた。彼は、背丈は、京一よりも低い位い・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・子細は、其主人、自然の役に立ぬべしために、其身相応の知行をあたへ置れしに、此恩は外にないし、自分の事に、身を捨るは、天理にそむく大悪人、いか程の手柄すればとて、是を高名とはいひ難し」とはっきりした言葉で本末の取りちがえを非難している。してみ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・現在のアメリカでチューインガムがどれだけ流行しているかは知らないが、映画などの中に時々これが現われるし、モーリス・シュヴァリエー主演のチューインガムを主題とした映画が昨年あたり東京で封切されたくらいであるから、おそらく今でも相当の命脈を保っ・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・ 近代の文学者の中で、ニイチェほど大きく、且つ多方面に影響をあたへたものはない。思想方面では、レーニンやトロツキイの共産主義者を始め、それの対蹠であるファッショや強権主義者等までが、多少みな間接にニイチェの影響を蒙つて居る。文学の方・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・今時の民家は此様の法をしらずして行規を乱にして名を穢し、親兄弟に辱をあたへ一生身を空にする者有り。口惜き事にあらずや。女は父母の命と媒妁とに非ざれば交らずと、小学にもみえたり。仮令命を失ふとも心を金石のごとくに堅くして義を守るべし。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・仏の風にあたれば仏に化し、儒の風にあたれば儒に化す。周囲の空気に感じて一般の公議輿論に化せらるるの勢は、これを留めんとして駐むべからず。いかなる独主独行の士人といえども、この間にひとりするを得ざるは、伝染病の地方にいて、ひとりこれを免かるる・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
出典:青空文庫