・・・一つは、そこの家族を安心させるためであったが、もし出来ない返事が来たらどうしようと、心は息詰まるように苦しかった。「………」吉弥もまた短い手紙を書きあげたのを、自慢そうだ――「どれ見せろ」と、僕は取って見た。 下手くそな仮名文字・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・この息詰まる空気の中で、木は、刻々に自分の生命の枯れてゆくのを感じながら、「見ぬうちは、みんながあこがれるが、おとぎばなしの世界はけっしてくるところでなく、ただ、きくだけのものだ。」と、しみじみ悟ったのでありました。・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・ これまで新吉は書き出しの文章に苦しむことはあっても、結末のつけ方に行き詰るようなことは殆どなかった。新吉の小説はいつもちゃんと落ちがついていた。書き出しの一行が出来た途端に、頭の中では落ちが出来ていた。いや結末の落ちが泛ばぬうちは、書・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・しかしながら、必ずそれは行き詰まる。必ず危機が到来する。王子と、ラプンツェルの場合も、たしかに、その懐姙、出産を要因として、二人の間の愛情が齟齬を来した。たしかに、それは神の試みであったのである。けれども王子の、無邪気な懸命の祈りは、神のあ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 暗い、暑い、息詰る、臭い、ムズムズする、悪ガスと、黴菌に充ちた、水夫室だった。 病人は、彼のベッドから転げ落ちた。 彼は「酔っ払って」いた。 彼の腹の中では、百パーセントのアルコールよりも、「ききめ」のある、コレラ菌が暴れ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・世界史の大きい振り子は行き詰まるごとに運動の方向を逆に変えるが、しかしその運動の動因は変わらない。 それとともにもう一つ見落としてはならぬ変化は、社会組織の基礎として民衆の共同や協力を力説する思想が著しく栄えて来たことである。服従の代わ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫