・・・には、本当にその場に行き合わしたものでなければ出せないものがある。それが吾々を打つ。 メリメは、水のように冷たい。そして、カッチリ纒りすぎる位いまとまっている。常に原始的な切ったり、はったり、殺し合いをやったりする、ロマンティックなこと・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・ 今は小説を書くために、小説を書いている人間はいくらでもいるが、本当に、ペンをとってブルジョアを叩きつぶす意気を持ってかゝっている者は、五指を屈するにも足りない。僕は、トルストイや、ゴーゴリや、モリエールをよんで常に感じるのは、彼等は小・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・「俺は殺され度くない。いつ、そんな殺されるような悪いことをしたんだ!」と眼は訴えていた。「俺は生きられるだけ生きたいんだ! 朝鮮人だって、生きる権利は持っている筈だ!」そう云っているように見えた。 兵卒は、水を打ったようにシンとなって、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・浜田はそれまで、たび/\戦場に遺棄された支那兵が、蒙古犬に喰われているのを目撃してきていた。それは、原始時代を思わせる悲惨なものだった。 彼は、能う限り素早く射撃をつゞけて、小屋の方へ退却した。が、犬は、彼らの退路をも遮っていた。白いボ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・大砲や銃は遺棄され、脚を撃たれた馬はわめいていた。和田はその中にロシア兵がいるかと思って気をはりつめていた。ロシア人や、ロシアの銃や、ロシアの大砲はしかし、どこにも発見することが出来なかった。和田はだんだん何だかアテがはずれたようなポカンと・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・それは、いつもの通りに、古代の人のような帽子――というよりは冠を脱ぎ、天神様のような服を着換えさせる間にも、いかにも不機嫌のように、真面目ではあるが、勇みの無い、沈んだ、沈んで行きつつあるような夫の様子で、妻はそう感じたのであった。 永・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・うまくやるもので、浮世絵好みの意気な姿です。それで吉が今身体を妙にひねってシャッとかける、身のむきを元に返して、ヒョッと見るというと、丁度昨日と同じ位の暗さになっている時、東の方に昨日と同じように葭のようなものがヒョイヒョイと見える。オヤ、・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・それは時に山の気象で以て何かの形が見えることもあるものでありますが、とにかく今のさきまで生きておった一行の者が亡くなって、そうしてその後へ持って来て四人が皆そういう十字架を見た、それも一人二人に見えたのでなく、四人に見えたのでした。山にはよ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・おそらくは、彼らのなかに一人でも、永遠の命はおろか、大隈伯のように、百二十五歳まで生きられるだろうと期待し、生きたいと希望している者すらあるまい。いな、百歳・九十歳・八十歳の寿命すらも、まずはむつかしいとあきらめているのが多かろうと思う。は・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・あるいは道のために、あるいは職のために、あるいは意気のために、あるいは恋愛のために、あるいは忠孝のために、彼らは、生死を超脱した。彼らは、おのおの生死もまたかえりみるにたりぬ大きなあるものを有していた。こうして、彼らのある者は、満足にかつ幸・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫