・・・自己の性能を発揮するこそヒューマニズムであるとする論に、議論としては異議を認めなかった小市民知識人の大部分も、実際生活では自分たちのうけた知識人としての教養によって日々一定の時間に出勤し、或は労働し、同僚・上役との接触に揉まれ、技術上の問題・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・一族討手を引き受けて、ともに死ぬるほかはないと、一人の異議を称えるものもなく決した。 阿部一族は妻子を引きまとめて、権兵衛が山崎の屋敷に立て籠った。 おだやかならぬ一族の様子が上に聞えた。横目が偵察に出て来た。山崎の屋敷では門を厳重・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・居間と客間との間の建具をはずさせ、嫡子権兵衛、二男弥五兵衛、つぎにまだ前髪のある五男七之丞の三人をそばにおらせて、主人は威儀を正して待ち受けている。権兵衛は幼名権十郎といって、島原征伐に立派な働きをして、新知二百石をもらっている。父に劣らぬ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・だから僕の画を本当だとするには、異議はない。そこでコム・シィはどうなるのだ。」「まあ待ち給え。そこで人間のあらゆる智識、あらゆる学問の根本を調べてみるのだね。一番正確だとしてある数学方面で、点だの線だのと云うものがある。どんなに細かくぽ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・それにはたれも異議がなかった。 与力は願書をいちの手から受け取って、玄関にはいった。 ―――――――――――――――― 西町奉行の佐佐は、両奉行の中の新参で、大阪に来てから、まだ一年たっていない。役向きの事はすべて・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・律師は偏衫一つ身にまとって、なんの威儀をも繕わず、常燈明の薄明りを背にして本堂の階の上に立った。丈の高い巌畳な体と、眉のまだ黒い廉張った顔とが、揺めく火に照らし出された。律師はまだ五十歳を越したばかりである。 律師はしずかに口を開いた。・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ 自然主義ということを、こっちでも言っていたが、あれはただつとめて自然に触接するように書くというだけの意義と見て好い。それは芸術というものがそうなくてはならないものである。 自然主義というものに、恐ろしい、悪い意義があるように言い触・・・ 森鴎外 「文芸の主義」
・・・これをそのままにとって用いるときは、誰もその間に異議をはさむことはできない。しかしそうばかりしていると、そのことばの用いられる範囲がせばめられる。この範囲はアルシャイスムの領分を限る線によって定められる。そしてそのことばは擬古文の中にしか用・・・ 森鴎外 「空車」
・・・何ぜなら、もしも然るがように新時代の意義が生活の感覚化にありとするならば、いかなるものと雖もそれらの人々のより高きを望む悟性に信頼し、より高遠な、より健康な生活への批判と創造とをそれらの人々に強いるべきが、新しき生活の創造へわれわれを展開さ・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・そして、胸の中で、自分は安次を引取ることに異議を立てるのではなく、秋三の狡猾さに立腹しているのだと理窟も一度立ててみた。が、事実は秋三や母のお霜がしたように、病人の乞食を食客に置く間の様々な不愉快さと、経費とを一瞬の間に計算した。 お霜・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫