-
・・・ 女は最初自分の箸を割って、盃洗の中の猪口を挟んで男に遣った。箸はそのまま膳の縁に寄せ掛けてある。永遠に渇している目には、またこの箸を顧みる程の余裕がない。 娘は驚きの目をいつまで男の顔に注いでいても、食べろとは云って貰われない。も・・・
森鴎外
「牛鍋」
-
・・・そして猪口を出した私の顔を見て云った。「面白かったでしょう」 大人か小児に物を言うような口吻である。美しい目は軽侮、憐憫、嘲罵、翻弄と云うような、あらゆる感情を湛えて、異様に赫いている。 私は覚えず猪口を持った手を引っ込めた。私・・・
森鴎外
「余興」