これは自分より二三年前に、大学の史学科を卒業した本間さんの話である。本間さんが維新史に関する、二三興味ある論文の著者だと云う事は、知っている人も多いであろう。僕は昨年の冬鎌倉へ転居する、丁度一週間ばかり前に、本間さんと一し・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・が、何しろ御維新以来、女気のない寺ですから、育てると云ったにした所が、容易な事じゃありません。守りをするのから牛乳の世話まで、和尚自身が看経の暇には、面倒を見ると云う始末なのです。何でも一度なぞは勇之助が、風か何か引いていた時、折悪く河岸の・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・その間に生まれた母であるから、国籍は北にあっても、南方の血が多かった。維新の際南部藩が朝敵にまわったため、母は十二、三から流離の苦を嘗めて、結婚前には東京でお針の賃仕事をしていたということである。こうして若い時から世の辛酸を嘗めつくしたため・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・が、爺さんの竈禿の針白髪は、阿倍の遺臣の概があった。「お前様の前だがの、女が通ると、ひとりで孕むなぞと、うそにも女の身になったらどうだんべいなす、聞かねえ分で居さっせえまし。優しげな、情合の深い、旦那、お前様だ。」「いや、恥かしい、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・どういうものか、はい、御維新前まで、越前の中で、此処一山は、加賀領でござったよ――お前様、なつかしかんべい。」「いや、僕は些とでも早く東京へ行きたいんだよ。」「お若いで、えらい元気じゃの。……はいよ。」「おいよ。」と声を合わせて、道割の小滝・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・気の小さい維新前の者は得て巡的をこわがるやつよ。なんだ、高がこれ股引きがねえからとって、ぎょうさんに咎め立てをするにゃあ当たらねえ。主の抱え車じゃあるめえし、ふむ、よけいなおせっかいよ、なあ爺さん、向こうから謂わねえたって、この寒いのに股引・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・一 淡島氏の祖――馬喰町の軽焼屋 椿岳及び寒月が淡島と名乗るは維新の新政に方って町人もまた苗字を戸籍に登録した時、屋号の淡島屋が世間に通りがイイというので淡島と改称したので、本姓は服部であった。かつ椿岳は維新の時、事実上淡島・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・下らぬ比較をするようだが、この三君を維新の三傑に比べたなら高田君は大久保甲東で、天野君は木戸である。大西郷の役廻りはドウシテモ坪内君に向けなければならぬ。坪内君がいなかったら早稲田は決して今日の隆盛を見なかったであろう。 文芸協会の成功・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・さらに維新前はお面お籠手の真の道場であった。 人々は非常に奔走して、二十人の生徒に用いられるだけの机と腰掛けとを集めた、あるいは役場の物置より、あるいは小学校の倉の隅より、半ば壊れて用に立ちそうにないものをそれぞれ繕ってともかく、間に合・・・ 国木田独歩 「河霧」
一 何公爵の旧領地とばかり、詳細い事は言われない、侯伯子男の新華族を沢山出しただけに、同じく維新の風雲に会しながらも妙な機から雲梯をすべり落ちて、遂には男爵どころか県知事の椅子一にも有つき得ず、空しく・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫