・・・機に触れて交換する双方の意志は、直に互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日の日暮はたしかにその機であった。ぞっと身振いをするほど、著しき徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・聨隊長はこの進軍に反対であったんやけど、止むを得ん上官の意志であったんやさかい、まア、半分焼けを起して進んで来たんや。全滅は覚悟であった。目的はピー砲台じゃ、その他の命令は出さんから、この川を出るが最後、個々の行動を取って進めという命令が、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・わずもあれ、かれを師とするもののうちには、師の発展のはかばかしくないのをまどろッこしく思って、その対抗者の方へ裏切りしたものもあれば、また、師の人物が大き過ぎて、悪魔か聖者か分らないため、迷いに迷って縊死したのもある。また、師の発明工風中の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「わたくしは、あたたの教で禁じてある程、自分の意志のままに進んで参って、跡を振り返っても見ませんでした。それはわたくし好く存じています。しかしどなただって、わたくしに、お前の愛しようは違うから、別な愛しようをしろと仰しゃる事は出来ますま・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・「人間の住んでいる町は、美しいということだ。人間は、魚よりも、また獣物よりも、人情があってやさしいと聞いている。私たちは、魚や獣物の中に住んでいるが、もっと人間のほうに近いのだから、人間の中に入って暮らされないことはないだろう。」と、人・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・たとえば社会主義に、対立する真の敵は、もとより資本主義には相違ないが、これあるがために、闘争的意志は強められ、信念は、益々浄化される。しかし、其の間に介在する灰色の階級や、主義者は、却って相互の闘争的精神を鈍らせるばかりでなく、真理に向って・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・ ちょうど、その時分、B医師は、暗い路を考えながら下を向いて歩いてきました。彼は、いま往診した、哀れな子供のことについて、さまざまのことを思っていたのです。 その家は貧しくて、かぜから肺炎を併発したのに手当ても十分することができなか・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・たゞ、純情に謙遜に、自然の意思に従って、真を見んとするところに、最も人生的なる、一切の創造はなされるのであった。 私は、民謡、伝説の訴うる力の強きを感ずる。意識的に作られたるにあらずして、自然の流露だからだ。たゞちに生活の喜びであり、ま・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・私は泊るところがないからこうしているのだと答えました。まさか死のうと思っていたなどと言えない。男はじっと私の顔を見ていましたが、やがて随いてこいと言って歩きだしました。私は意志を失ったように随いて行きました。 公園を抜けて、北浜二丁目に・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・雀斑だらけの鼻の低いその嫁と比べて、お君の美しさはあらためて男湯で問題になった。露骨に俺の嫁になれと持ちかけるものもあったが、笑っていた。金助へ話をもって行くものもあった。その都度、金助がお君の意見を訊くと、例によって、「私はどないでも・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫