・・・文学は独立の思想を維持する人のために、もっとも便益なる隠れ場所であろうと思います。しかしながらただ今も申し上げましたとおり、かならずしも誰にでも入ることのできる道ではない。 ここにいたってこういう問題が出てくる。文学者にもなれず学校の先・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・関東人は意地ということをしきりに申します。意地の悪い奴はつむじが曲っていると申しますが毬栗頭にてはすぐわかる。頭のつむじがここらにこう曲がっている奴はかならず意地が悪い。人が右へ行こうというと左といい、アアしようといえばコウしようというよう・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・旧き宗教を維持せんとするの結果、フランス国が失いし多くのもののなかに、かの国にとり最大の損失と称すべきものはユグノー党の外国脱出でありました。しかして十九世紀の末に当って彼らはいまだなおその祖先の精神を失わなかったのであります。ダルガス、齢・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それは、意地悪い風だったのです。伸びればますます強く荒く風はあたりました。 かえりみると、この木が、野原で大きくなった歴史は、まったく風との戦いであったといえるでありましょう。木はけっしてこのことを忘れません。ある年、台風の襲ったとき、・・・ 小川未明 「曠野」
・・・ひとつには、海老原の抱いている思想よりも彼の色目の方が本物らしいと、意地の悪い観察を下すことによって、けちくさい溜飲を下げたのである。私は海老原一人をマダムの前に残して「ダイス」を出ることで、議論の結末をつけることにした。「じゃ、ごゆっ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・小隊長というのは彼等三人の中隊長であった人の遺児であるからそう名づけたのであろう。父中隊長の戦死後その少年が天涯孤独になったのを三人が引き取って共同で育てているのだ。 三人は毎朝里村千代という若い娘が馭者をしている乗合馬車に乗って町の会・・・ 織田作之助 「電報」
・・・臭い腐敗した空気が意地悪くむんむッと煽付ける。 精も根も尽果てて、おれは到頭泣出した。 全く敗亡て、ホウとなって、殆ど人心地なく臥て居た。ふッと……いや心の迷の空耳かしら? どうもおれには……おお、矢張人声だ。蹄の音に話声。危な・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そしてその児が意地の悪いことをしたりする。そんなときふと邪慳な娼婦は心に浮かび、喬は堪らない自己嫌厭に堕ちるのだった。生活に打ち込まれた一本の楔がどんなところにまで歪を及ぼして行っているか、彼はそれに行き当るたびに、内面的に汚れている自分を・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ この四月には私達の後、やはりあの会合を維持していた人びとが、三人も巣立って来ました。そしてもともと話のあったこととて、既に東京へ来ていた五人と共に、再び東京に於ての会合が始まりました。そして来年の一月から同人雑誌を出すこと、その費用と・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 老人は例の雪のような髭髯をひねくりながらさみしそうに悲しそうに、意地のわるそうに笑ったばかりで何とも答えなかった。 そこで少しばかりこの老人の事を話して置くが、「杉の杜のひげ」と言われてその名が通っているだけ、岩――のものでそのこ・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫