・・・そしてわたし共に対して意地を悪くしていないところを見せるが好いわ。少くもわたしに対して意地を悪くしていないということを知らせて貰いたいわ。なぜだか知らないが、誰を敵に持つよりも、お前さんを敵に持つのは厭だわ。こう思うのは最初にお前さんの邪魔・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・自分では絶えず工夫して進んでいるつもりでも、はたからはまず、現状維持くらいにしか見えないものです。製作の経験も何もない野次馬たちが、どうもあの作家には飛躍が無い、十年一日の如しだね、なんて生意気な事を言っていますが、その十年一日が、どれだけ・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・自身と無理矢理きめてしまって、いわば女房コンスタンチェの私は唯一の味方になり、原作者が女房コンスタンチェを、このように無残に冷たく描写している、その復讐として、若輩ちから及ばぬながら、次回より能う限り意地わるい描写を、やってみるつもりなので・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・現状維持というところです。」「それは、大慶のいたりだ。」しんから、ほっとなされた御様子であった。「それではもう、何も恐れる事は無い。私も大威張りで媒妁できる。何せ相手のお嬢さんは、ひどく若くて綺麗だそうだから、実は心配していたのだ。」・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ しつけのよい家庭を維持しながら、よい仕事も出来るという政治家もあってよいと思います。これこそ、至難の事業であります。けれども、兄は、それが出来るかも知れない極めて少数のひとの一人だと思います。 無理なお願いでしょうけれどもお願いし・・・ 太宰治 「政治家と家庭」
・・・父は牛乳で顔を洗っていた。遺児は、次第に落ちぶれた。文章を書いて金にする必要。 私はソロモン王の底知れぬ憂愁も、賤民の汚なさも、両方、知っている筈だ。文章 文章に善悪の区別、たしかにあり。面貌、姿態の如きものであろうか。・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・しかし第三回あたりからは、自分の予想に反して、ベーアはだいたいにおいて常に守勢を維持してばかりいるように見えた。カルネラはこれに対して不断に攻勢を取って、単調な攻撃をほぼ一様なテンポで繰り返しているように思われた。なんとなく少しあせりぎみで・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 一方科学者のほうではまた、その研究の結果によって得られた科学的の知識からなんらかの人間的な声を聞くことを故意に忌避することがあたかも科学者の純潔と尊厳を維持するゆえんであると考えるような理由のない慣習が行なわれて来た。なるほど物質界の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・こんな訳だから、学校でも軍人希望の者などとはどうしても肌が合わぬ、そう云う連中から弱虫党と目指されて、行軍や演習の時など、ずいぶん意地悪くいじめられたものだ。実際弱虫の泣虫にはちがいなかったが、それでも曲った事や無法な事に負かされるのは大嫌・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・自分は二歳になる遺児をひざにのせたまま腰をかけてそののりとを聞いていたときに、今まで吹き荒れていた風が突然ないだかのように世の中が静寂になりそうして異常に美しくなったような気がした。山の木立ちも墓地から見おろされるふもとの田園もおりから夕暮・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫