・・・という川端康成氏の短篇集の扉には、夢川利一様、著者、と毛筆で書かれて在って、それは兄が、伊豆かどこかの温泉宿で川端さんと知り合いになり、そのとき川端さんから戴いた本だ、ということになっていたのですが、いま思えば、これもどうだか、こんど川端さ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 八年後、いまは姉にお金をねだることも出来ず、故郷との音信も不通となり、貧しい痩せた一人の作家でしかない私は、先日、やっと少しまとまった金が出来て、家内と、家内の母と、妹を連れて伊豆の方へ一泊旅行に出かけました。清水で降りて、三保へ行き・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
僕は、女をひとり、殺した事があるんです。実にあっけなく、殺してしまいました。 終戦直後の事でした。僕は、敗戦の前には徴用で、伊豆の大島にやられていまして、毎日毎日、実にイヤな穴掘工事を言いつけられ、もともとこんな痩せ細・・・ 太宰治 「女類」
・・・「そう。伊豆の伊東温泉さ。あそこで半年ばかり療養していたんだ。中支に二年、南方に一年いて、病気でたおれて、伊東温泉で療養という事になったんだが、いま思うと、伊東温泉の六箇月が一ばん永かったような気がするな。からだが治って、またこれから戦・・・ 太宰治 「雀」
・・・ 大正四、五年頃、今は故人となった佐野静雄博士から伊豆伊東の別荘に試植するからと云って土佐の楊梅の苗を取寄せることを依頼された。郷里の父に頼んで良種を選定し、数本の苗を東京へ送ってもらった。これがさらに佐野博士の手で伊東に送られ移植され・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ 地震国防 伊豆地方が強震に襲われた。四日目に日帰りで三島町まで見学に出かけた。三島駅でおりて見たが瓦が少し落ちた家があるくらいでたいした損害はないように見えた。平和な小春日がのどかに野を照らしていた。三島町へはいっ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・この石は何だろうと云っていたら、居合わせた土地のおじさんが「これは伊豆の六方石ですよ」と教えてくれた。なるほど玄武岩の天然の六方柱をつかったものである。天然の作ったものの強い一例かもしれない。 御濠の石垣が少しくずれ、その対岸の道路の崖・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・この前後伊豆大島火山が活動していた事が記録されているが、この時ちょうど江戸近くを通った台風のためにぐあいよく大島の空から江戸の空へ運ばれて来て落下したものだという事がわかる。従ってそれから判断してその日の低気圧の進路のおおよその見当・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・曰ク伊豆七湯、曰ク有馬温泉、曰ク何、曰ク何ト。蓋シ其温泉或ハ湯花ヲ汲来ツテ之ヲ湯中ニ和スト云フ。方今深川ノ仲街ニ開ク者ヲ以テ巨擘トナス。俳優沢村氏新戯場ヲ開カントシテ未ダ成ラズ。故ニ温泉場ヲ開イテ以テ仲街ノ衰勢ヲ挽回セントスル也。建築ノ風一・・・ 永井荷風 「上野」
・・・松平伊豆守なんてえ男もこれと同程度である。番傘を忠弥に差し懸けて見たりなんかして、まるで利口ぶった十五六の少年ぐらいな頭脳しかもっていない。だから、これらはまるで野蛮人の芸術である。子供がまま事に天下を取り競をしているところを書いた脚本であ・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
出典:青空文庫