・・・百舌はたしかに私たちを恐れたらしく、一段高く飛びあがって、それから楊を二本越えて、向うの三本目の楊を通るとき、又何かに引っぱられたように、いきなりその中に入ってしまいました。 けれどももう、私も慶次郎も、その木の中でもずが死ぬとは思いま・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・その一段深まり拡った人間と自然との生存を味わせようとして、神は人間に複雑な全心的な恋愛の切な情を与えたのかと思われることさえある程です。 恋愛の真実な経験は間違いなく生活内容を増大させます。けれども、私には、恋愛生活ばかり切りはなして、・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・ 石段の上下にあふれている見物の群衆は一斉に賑やかな行進曲の聞える上手の一団を眺めた。 近づいて見ると―― ハッハッハア。これは愉快だ。張り物である。 ウンとふとってとび出た腹に金ぐさりをまきつけて、シルク・ハットをかぶった・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ベルリンには、ヘーゲル哲学の進歩的な面をとりあげて、その弁証法的な方法を発展させようとする若い哲学者の一団があった。ヘーゲル左党と呼ばれたこの一団は、ドクトル・クラブを組織していて、十九歳のマルクスはこのグループに入った。ドクトル・クラブは・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・しかるに上で一段下がった扱いをしたので、家中のものの阿部家侮蔑の念が公に認められた形になった。権兵衛兄弟は次第に傍輩にうとんぜられて、怏々として日を送った。 寛永十九年三月十七日になった。先代の殿様の一週忌である。霊屋のそばにはまだ妙解・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ だから母は不動明王と睨めくらで、経文が一句、妄想が一段,経文と妄想とがミドローシァンを争ッている。ところへ外からおとずれたのは居残っていた懶惰者、不忠者の下男だ。「誰やらん見知らぬ武士が、ただ一人従者をもつれず、この家に申すことあ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
独断 芸術的効果の感得と云うものは、われわれがより個性を尊重するとき明瞭に独断的なものである。従って個性を異にするわれわれの感覚的享受もまた、各個の感性的直感の相違によりてなお一段と独断的なものである。それ故に文学上に於ける感覚・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ドレスデンではルイザの父オーストリア皇帝、プロシャ皇帝、同盟国の最高君主が一団となって、百十万余人の軍隊と共に彼ら二人の到着を出迎えた。 この古今未曾有の荘厳な大歓迎は、それは丁度、コルシカの平民ナポレオン・ボナパルトの腹の田虫を見た一・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 時々彼は空腹な彼らの一団に包まれたままこっそりと肉飯屋へ入った。そこの調理場では、皮をひき剥かれた豚と牛の頭が眠った支那人の首のように転んでいた。職工達は狭い机の前にずらりと連んで黙っていた。だが、盛り飯の廻りが遅れると彼らは箸で茶碗・・・ 横光利一 「街の底」
・・・誰が命令するというでもないのに、一団の人々は有機体のように完全に協力と分業とで仕事を実現して行く。 私は息を詰めてこの光景を見まもった。海の力と戦う人間の姿。……集中と純一とが最も具体的な形に現われている。……力の充実……隙間のない活動・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫