・・・ 幼い時聞いて、前後うろ覚えですが、私の故郷の昔話に、(椿農家のひとり子で、生れて口をきくと、と唖の一声ではないけれども、いくら叱っても治らない。弓が上手で、のちにお城に、もののけがあって、国の守が可恐い変化に悩まされた時、自から進んで・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・わが引いている牛もそれに応じて一声高く鳴いた。自分は夢から覚めた心地になって、覚えず手に持った鼻綱を引詰めた。 四 水は一日に一寸か二寸しか減じない。五、六日経っても七寸とは減じていない。水に漬った一切の物いまだ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・彼の徳川時代の初期に於て、戦乱漸く跡を絶ち、武人一斉に太平に酔えるの時に当り、彼等が割合に内部の腐敗を伝えなかったのは、思うに将軍家を始めとして大名小名は勿論苟も相当の身分あるもの挙げて、茶事に遊ぶの風を奨励されたのが、大なる原因をなし・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 意外な満蔵の話に人々興がり一斉に笑いをもって満蔵の話を迎える。「省作さんにおごらねけりゃなんねい事があるたアこりゃおもしれい。満蔵君早く話したまえ。省作さんもおごるならまたそのように用意が入るから」 政さんに促されて満蔵は重い・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・と僕とのさし向いだ。こうなると、こらえていた胸が急にみなぎって来た。「先生にこうおごらして済まない、わ、ねえ」と、可愛い目つきで吉弥が僕をながめたのに答えて、「馬鹿!」と一声、僕は強く重い欝忿をあびせかけた。「そのこわい目!」し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そのとき、家の内では、なんだか大騒ぎをするようなようすでありましたから、まごまごしていて捕らえられてはつまらないと思いましたので、一声高くないて、遠方に見える、こんもりとした森影を目あてに、飛んでいってしまいました。 娘は、小鳥を逃がし・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・「大阪曾根崎署では十九日朝九時、約五十名の制服警官をくり出して梅田自由市場の煙草販売業者の一斉取締りを断行、折柄の雑沓の中で樫棒、煉瓦が入れ交つての大乱闘が行はれ重軽傷者数名を出した。負傷者は直ちに北区大同病院にかつぎ込み加療中。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・なお、この男を分会長にいただいている気の毒な分会員達は二週間の訓練の間、毎日の如く愚劣な、そしてその埋め合せといわんばかりに長ったらしい殺人的演説を聴かされて、一斉に食欲がなくなったそうである。この話を聴いた時、私は鼻血は出たけれど大工の演・・・ 織田作之助 「髪」
・・・俺も森を畑へ駈出して慥か二三発も撃たかと思う頃、忽ちワッという鬨の声が一段高く聞えて、皆一斉に走出す、皆走出す中で、俺はソノ……旧の処に居る。ハテなと思た。それよりも更と不思議なは、忽然として万籟死して鯨波もしなければ、銃声も聞えず、音とい・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・人びとは一斉に息を殺してその微妙な音に絶え入っていた。ふとその完全な窒息に眼覚めたとき、愕然と私はしたのだ。「なんという不思議だろうこの石化は? 今なら、あの白い手がたとえあの上で殺人を演じても、誰一人叫び出そうとはしないだろう」 ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
出典:青空文庫