・・・勿論自分が引合に出されている時には、一層切実に感ずるには違ない。 ルウズウェルトは「不公平と見たら、戦え」と世界中を説法して歩いている。木村はなぜ戦わないだろうか。実は木村も前半生では盛んに戦ったのである。しかしその頃から役人をしている・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 階段の上では、女の子は一層高く笑って面白がった。「エヘエヘエヘエヘ。」 物音を聞きつけて灸の母は馳けて来た。「どうしたの、どうしたの。」 母は灸を抱き上げて揺ってみた。灸の顔は揺られながら青くなってべたりと母親の胸へつ・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・祈り終って声は一層幽に遠くなり、「坊や坊には色々いい残したいことがあるが、時迫って……何もいえない……ぼうはどうぞ、無事に成人して、こののちどこへ行て、どのような生涯を送っても、立派に真の道を守ておくれ。わたしの霊はここを離れて、天の喜びに・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・――これらの性質は直ちにまた画布の性質に反映して、その特質を一層強めて行く。洋画のカンバスと、絹あるいは金箔。荒いザラザラした表面と、細かいスベスベした、あるいは滑らかに光沢ある表面。 これらの相違がすでに洋画を写実に向かわしめ、日本画・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫