・・・ 四月十七日の朝、長十郎は衣服を改めて母の前に出て、はじめて殉死のことを明かして暇乞いをした。母は少しも驚かなかった。それは互いに口に出しては言わぬが、きょうは倅が切腹する日だと、母もとうから思っていたからである。もし切腹しないとで・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・秋の山里とてその通り、宵ながら凄いほどに淋しい。衣服を剥がれたので痩肱に瘤を立てている柿の梢には冷笑い顔の月が掛かり、青白く冴えわたッた地面には小枝の影が破隙を作る。はるかに狼が凄味の遠吠えを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・一日じゅう歩いて行っても、立派な畑に覆われた土地のみが続き、住民たちは土産の織物で作った華やかな衣服をまとっている。さらに南の方、コンゴー王国に行って見ると、「絹やびろうど」の着物を着た住民があふれるほど住んでいる。そうして大きい、よく組織・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・それは恐らく自己の人格を圧倒する力に対して畏服しないではいられない衝動にもとづくものであろう。同時にまたそれは我々の内のかくのごとき力を求める心に、もとづくものであろう。神はこの力の象徴であった。神が滅ぼされた時には悪魔が代わって象徴となっ・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫