・・・ お貞はかの女が時々神経に異変を来して、頭あたかも破るるがごとく、足はわななき、手はふるえ、満面蒼くなりながら、身火烈々身体を焼きて、恍として、茫として、ほとんど無意識に、されど深長なる意味ありて存するごとく、満身の気を眼にこめて、その・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・それのみか、某事件の摘発、攻撃の筆がたたって、新聞条令違反となり、発売禁止はもとより、百円の罰金をくらった。続いて、某銀行内部の中傷記事が原因して罰金三十円、この後もそんなことが屡あって、結局お前は元も子もなくしてしまい無論廃刊した。 ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・をこめ、まず今日が日までの息災を謝し奉り、これよりは知らぬ国に渡りて軍の巷危うきを犯し、露に伏し雨風に打たるる身の上を守りたまえと祈念し、さてその次にはめでたく帰国するまで幸衛門を初めお絹お常らの身に異変なく来年の夏またあの置座にて夕涼しく・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・しかし確に箪笥を開ける音がした、障子をするすると開ける音を聞いた、夢か現かともかくと八畳の間に忍足で入って見たが、別に異変はない。縁端から、台所に出て真闇の中をそっと覗くと、臭気のある冷たい空気が気味悪く顔を掠めた。敷居に立って豆洋燈を高く・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・どれだけ法規違反ばかりをやっているか見せてやることが出来る。――彼は、どれだけの人間が、坑内で死んじゃったかそれを思った。まるで、人間の命と銅とをかけがえにしているのと同然だった。祖母や、母は、まだ、ケージを取りつけなかった頃、重い、鉱石を・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・私たちは引き続く大きな異変の渦の中にいた。私が自分のそばにいる兄妹三人の子供の性質をしみじみ考えるようになったのも、早川賢というような思いがけない人の名を三郎の口から聞きつけるようになったのも、そのころからだ。 毎日のような三郎の「早川・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・殿様が、御自分の腕前に確乎不動の自信を持っていたならば、なんの異変も起らず、すべてが平和であったのかも知れぬが、古来、天才は自分の真価を知ること甚だうといものだそうである。自分の力が信じられぬ。そこに天才の煩悶と、深い祈りがあるのであろうが・・・ 太宰治 「水仙」
・・・ 七月にはいって、異変が起った。私たちは、やっと、東京の三鷹村に、建築最中の小さい家を見つけることができて、それの完成ししだい、一か月二十四円で貸してもらえるように、家主と契約の証書交して、そろそろ移転の仕度をはじめた。家ができ上ると、・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・エッフェル鉄塔が夜と昼とでは、約七尺弱、高さに異変を生ずるなど、この類である。鉄は、熱に依って多少の伸縮があるものだけれども、それにしても、約七尺弱とは、伸縮が大袈裟すぎる。そこが、不思議である。神意、ということを考えないわけにいかない。私・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・そうして「異変」という言葉がなんべんとなく記事の間に繰り返されているのをなんのことかとよく考えてみたら、それは「イオン」のことであったのである。 このごろの新聞の科学記事には、そういうのは容易に見当たらない。それというのも大概は科学者自・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
出典:青空文庫