・・・そうしたら、うしろで「いやあだ。」と云う声と、猪口の糸底ほどの唇を、反らせて見せるらしいけはいがした。 外濠線へ乗って、さっき買った本をいい加減にあけて見ていたら、その中に春信論が出て来て、ワットオと比較した所が面白かったから、いい気に・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・だから世間では、俺たちの仲間のほかに、奴のことを知ってるものは一人だっていやあしない。沢本 うん全くそれはそのとおりだ。花田 ところがその男が貧に逼り、飢えに疲れてとうとう昨日死んでしまった。沢本 馬鹿をいうない。俺はとに・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「お千さんは大将のあすこン処へ落ッこちたんだ。」「あら、随分……酷いじゃありませんか、甘谷さん、余りだよ。」 何にも知らない宗吉にも、この間違は直ぐ分った、汚いに相違ない。「いやあ、これは、失敗、失敬、失礼。」 甘谷は立・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・「どうも、ありがとうございました」「いやあ、――あ、荷物、荷物……」 赤井と二人掛りで渡して、「これだけですか」「はあ、どうも……」「じゃ、気をつけて、ごきげんよう」「ごきげんよう、どうもいろいろと……」 頭・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・わたくしなんかもう、女でも何でも無いのに、いやあねえ。あなたは、どうなの? 男ですか?」 いよいよキザな事を言う。しかし、それでも私は、まださよならが言えなかった。「遊びましょう。何かプレイの名案が無いですか?」 と、気持とまる・・・ 太宰治 「父」
・・・ちょいと小手を取ったんだが、そこがそら、竹刀を落したものだから、どうにも、こうにもしようがないやあね」「ふうん。竹刀を落したのかい」「竹刀は、そら、さっき、落してしまったあね」「竹刀を落してしまって、小手を取られたら困るだろう」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「おまえたちはみんなまっ赤な帆船でね、いまがあらしのとこなんだ」「いやあだ、あたしら、そんな帆船やなんかじゃないわ。せだけ高くてばかあなひのき。」ひなげしどもは、みんないっしょに云いました。「そして向うに居るのはな、もうみがきた・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・「二三日ならいいけど」「永くたっていいわ、私永いほど結構! ね? 本当に家へいらっしゃいよ、淋しくってまいるんだから」「いやあね、まだ決りゃしないことよ何ぼ何でも――」 笑い話で、その時は帰ったが、陽子は思い切れず、到頭ふき・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 随分いやあねえ。と云って居ると、今度は余程可笑しい事があったんだと見えて太い声が引き附けた様に浪を打って笑いこけると、その中に女の様に細いそれでも男には違いないのと、低い低い地面を這う様なのとが殊に目立ってきこえて、沢山の響の・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ ほんとにいやあね何だろう私。 そんならよかったわねえ私は又何かと思った。「うまい工合だね一寸遊んで行こうよ、好いだろう。「ええ、丁度おあつらえだわ。 二羽は、重い羽音を立てて飛び込んだ。 サラサラした水は快く彼・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
出典:青空文庫