・・・座っていても、いやになるほど大柄だとわかった。男の方がずっと小柄で、ずっと若く見え、湯殿のときとちがって黒縁のロイド眼鏡を掛けているため、一層こぢんまりした感じが出ていた。顔の造作も貧弱だったが、唇だけが不自然に大きかった。これは女も同じだ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・私の顔は頬骨がいやに高い。それ故丸坊主になると、私の頭は丁度耳の附根あたりで急に細くなり、随分見っともないのである。見っともないだけならまだしもだが、何だか破戒僧のような面相になってしまうのである。この弱点を救うには、髪の毛を耳のあたりまで・・・ 織田作之助 「髪」
・・・何だか、いやに、はっきりきまってしまいそうな、奇妙な淋しさが感ぜられます。私でさえも、時には人から先生と呼ばれる事がありますけれど、少しもこだわらず、無邪気に先生と呼ばれた時には、素直に微笑して、はい、と返事も出来ますが、向うの人が、ほんの・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私は、きょうまでには必ずお送り致します、といやに明確にお約束してしまっているのである。編輯者は、私のこんな下手な作品に対しても、わざわざペエジを空けて置いて、今か今かと、その到来を待ってくれているのである。私はそれを知っているので、いかに愚・・・ 太宰治 「乞食学生」
せっかくおいで下さいましたのに、何もおかまい出来ず、お気の毒に存じます。文学論も、もう、あきました。なんの事はない、他人の悪口を言うだけの事じゃありませんか。文学も、いやになりました。こんな言いかたは、どうでしょう。「かれ・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・しかし、それを自身が殉教者みたいに、いやに気取って書いていて、その苦しさに襟を正す読者もあるとか聞いて、その馬鹿らしさには、あきれはてるばかりである。 人生とは、ただ、人と争うことであって、その暇々に、私たちは、何かおいしいものを食べな・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・僕はこんど軍隊からかえって来て、鴎外全集をひらいてみて、鴎外の軍服を着ている写真を見たら、もういやになって、全集をみな叩き売ってしまいました。鴎外が、いやになっちゃいました。死んでも読むまいと思いました。あんな、軍服なんかを着ているんですか・・・ 太宰治 「母」
・・・どんなにお上品に取りすましていたって、心の中では、やっぱりそうなのだから、いやになるわ。もしあたしにいま一文もお金が無いという事がわかったら、あなたの奥さんも、お母さんも、それから、あなただって、どんなにいやな顔をするでしょう。いいえ、それ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・何かと考えているのが、いやになる。眠って、とりとめのない夢を見たいと思うのである。夢を見ることだけが、たのしみである。朝早く起きて、能率は、ちっともあがらないのであるが、それでも遊ぶのが、こわくて、たいてい机のまえに坐って、一日中、勉強のふ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・あいつの階段の昇り降りが、いやに乱暴でしょう。昇る時は、ドスンドスン、降りる時はころげ落ちるみたいに、ダダダダダ。いやになりますよ、ダダダダダと降りてそのまま御不浄に飛び込んで扉をピシャリッでしょう。おかげで僕たちが、ほら、いつか、冤罪をこ・・・ 太宰治 「眉山」
出典:青空文庫