・・・一人ぼっちで、食事の時もその部屋を出られず、貧弱そうな食物を運んで貰う――異様に生活の縮小した感じで、陽子は落付きを失った。「ここへ置きますから、どうぞ上って下さい」「ええ、ありがと」 婆さんが出てから振返って見ると、朱塗りの丸・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・力んで、印を結んだまま奈落へ沈むとおりに、個人個人は威容をくずさず没落した。歴史の波間に沈んだ。 文学者その他の文筆にたずさわる人々の間では著作家組合が考えられて来た。演劇関係の人々の間に、そういう専門家のかたまりのようなものはあってい・・・ 宮本百合子 「俳優生活について」
・・・硝子の器を載せた春慶塗の卓や、白いシイツを掩うた診察用の寝台が、この柱と異様なコントラストをなしていた。 この卓や寝台の置いてある診察室は、南向きの、一番広い間で、花房の父が大きい雛棚のような台を据えて、盆栽を並べて置くのは、この室の前・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・人間は誰でも少しは狂人を自分の中に持っているものだという名言は、忘れられないことの一つだが、中でもこれは、かき消えていく多くの記憶の中で、ますます鮮明に膨れあがって来る一種異様な記憶であった。 それも新緑の噴き出て来た晩春のある日のこと・・・ 横光利一 「微笑」
このデネマルクという国は実に美しい。言語には晴々しい北国の音響があって、異様に聞える。人種も異様である。驚く程純血で、髪の毛は苧のような色か、または黄金色に光り、肌は雪のように白く、体は鞭のようにすらりとしている。それに海・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そういう紅蓮があたり一面に並んだとなると、一種異様な気分にならざるを得ない。それは爪紅の、大体において白い蓮の花とは、まるで質の違った印象を与える。もしこれが蓮の花の代表者であったとすれば、おそらく浄土は蓮の花によって飾られはしなかったであ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫