上 秋は小春のころ、石井という老人が日比谷公園のベンチに腰をおろして休んでいる。老人とは言うものの、やっと六十歳で足腰も達者、至って壮健のほうである。 日はやや西に傾いて赤とんぼの羽がきらきらと光り・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・字滝の上というところにかかれる折しも、真昼近き日の光り烈しく熱さ堪えがたければ、清水を尋ねて辛くも道の右の巌陰に石井を得たり。さし当りては鬢水よりもこれこそ嬉しけれと、汲みて喉を潤おしつ、この井に名ありやと問えばなしという。名のなくてすみぬ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・な考えでいたのであるが、井伏さんはそれに頑固に反対なさって、巻数が、どんなに少くなってもかまわぬ、駄作はこの選集から絶対に排除しなければならぬという御意見で、私と井伏さんとは、その後も数度、筑摩書房の石井君を通じて折衝を重ね、とうとう第二巻・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ごわごわした固い布地の黒色パンツひとつ、脚、海草の如くゆらゆら、突如、かの石井漠氏振附の海浜乱舞の少女のポオズ、こぶし振あげ、両脚つよくひらいて、まさに大跳躍、そのような夢見ているらしく、蚊帳の中、蚊群襲来のうれいもなく、思うがままの大活躍・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 石井柏亭。 「牡丹」の絵は前景がちょっと日本画の屏風絵のようであり遠景がいつもの石井さんの風景のような気がして、少しチグハグな変な気がする。「衛戍病院」はさし絵の味が勝っている。こういう画題をさし絵でなくするのはむつかしいものであろう・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・ 石井氏の絵は、いつも、常識的という評を受けるようである。頭のいい、要領のいい点は、そういうところもあるだろうが、そうばかりとも思われない。一種の淡白な味を味わってみる事は虚心な鑑賞家に取って困難ではないだろう。この人の絵をだんだん・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・ 石井氏の「二科同人群像」には単なる似顔の集成でなく、各メンバーの排置のみならずそのポーズや服装によって各自の個性を表現しようという苦心の痕が覗われる。とにかく、このような同人群像を試みるとしてはおそらく最も適任な石井氏が更に研究を重ね・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・捜査のすすむにつれて三鷹の組合の副委員長をしている石井万治という人は嫌疑をかけられている書記長の自宅を訪問し、他所へつれて行って饗応し、ノートをひらいて、緊急秘密指令三百十一号、三百十八号というものをみせ、あなたのことについては骨を折るとい・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・その前後に、これまでは決して插画を描かなかった小村雪岱、石井鶴三、中川一政などという画家たちが、装幀や插画にのり出して来て、その人々のその種の作品は、本格的な画家であるが故に珍重されつつ、その半面ではそのことで彼等の本格の仕事に一種派手やか・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・母の本はあのようにしてつくられたので、父の記念出版をしたいが、それには様々の困難があり、こまっていたら国民美術協会で大河内正敏氏や石井柏亭その他の人が一冊の『中條精一郎』という本を出して下さる由。私は大変うれしゅうございます。家族で出すより・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫