・・・啻に白頭の故老のみならず、青年以上有為の士人中にも、一切万事有形も無形も文明主義の一以て之を貫くと敢て公言して又実際に之を実行しながら、独り男女両性の関係に就ては旧儒教流の陋醜を利用して、自から婬猥不倫の罪を免れんとする者あるこそ可笑しけれ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 我が輩は論者の言を聞き、その憂うるところははなはだもっともなりと思えども、この憂いを救うの方便にいたりては毫も感服すること能わざる者なり。そもそも論者の憂うるところを概言すれば、今の子弟は上を敬せずして不遜なり、漫に政治を談じて軽躁な・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・もとより農民の婦女子、貧家の女子中、稀に有為の俊才を生じ、偶然にも大に社会を益したることなきにあらざれども、こは千百人中の一にして、はなはだ稀有のことなれば、この稀有の僥倖を目的として他の千百人の後世を誤る、狂気の沙汰に非ずして何ぞや。・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・天気のよい時でも、天気のわるい時でも、チャッチャッチャッと朝から鳴き立てて憂いを知らぬ愉快な鳥であると思うて居たが、ことしの春自分の病が段々に勢をまして、遂に精神の煩悶を来すようになって来て、今まで愉快であったカナリヤの声が遽にうるさくなっ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・の退屈さに苦しんで、地獄を語り合うときばかりは蓮の台に居並ぶ老夫婦の眼に輝きが添う姿、「羽衣」をかたに天女を妻とした伯龍が、女の天人性に悩まされて、三ヵ月の契約をこちらから辞そうとしたら「天に偽りなきものを」と居つづけられて、つよい神経衰弱・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・にさえ、家庭の資産状態が調べられなければならない。数年前デパートの女店員は家庭を助けたが、今は家庭が中流で両親そろい月給で生計を助ける必要のないものというのが採用試験の条件である。「大人」に憂いが深いばかりか大人になりつつある若い男女の心も・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ 姉らしい憂いに満ちた優しい気持で、私は先に欲しがって居てやらなかった西京人形と小さな玩具を胸とも思われる所に置いた。 欲しがって居たのにやらなかった、私のその時の行いをどれほど今となって悔いて居るだろう。 けれ共、甲斐のない事・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ ああウイウイと話しながら往ったり来たりしている。 このごろは、体じゅう引き潮加減ながら調和した感じなのだが、まだ時々、肉体の内にのこっている衝撃のようなものが甦って来る。ああ苦しかったなあ、と思う。それにつれて、目の前の宙で何か透き徹・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・しかしキュリー夫人はあたりの動乱に断乎として耳をかさず、憂いと堅忍との輝いている独特な灰色の眼で、日光をあびたフランス平野の景色を眺めていた。ボルドーには避難して来た人々があふれていて、キュリー夫人では重くて運びきれない百万フランの価格を持・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ *心に 満ち充ちる愛も金がないので 表し得ない時のあるのを又その時の如何に多いかを此頃知り憂いを覚ゆ。父の上を思い、いろいろの なぐさめや悦びを与えたい。――それは、勿論 ものばかりが・・・ 宮本百合子 「五月の空」
出典:青空文庫