・・・ 或時は自分自身の肩からスクスクと羽根が生えて、多勢の人達の歌ったり踊ったりして居る大変面白そうな国まで飛んで行く事を夢想したり、子供の頭から皆光りが差して居るので自分のは如何うかと思ってソーッと鏡を見ると只黒い小さい頭がある丈なのに非・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・「若し、何か、世間に対して、如何うかと思うような点があったら、注意して、なおさせてやって下さるのが当然ではないでしょうか。御承知の通り、百合子はまだ若いんだし、世の中のことは知らないのだから、貴方が指導して、正しい道を歩かせて下さってこ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・「兄いさま方が揃うておいでなさるから、お父っさんの悪口は、うかと言われますまい」これは前髪の七之丞が口から出た。女のような声ではあったが、それに強い信念が籠っていたので、一座のものの胸を、暗黒な前途を照らす光明のように照らした。 「・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 奥さんもなる程そうかと思って、強いて心配を押さえ附けて、今に直るだろう、今に直るだろうと、自分で自分に暗示を与えるように努めていた。秀麿が目の前にいない時は、青山博士の言った事を、一句一句繰り返して味ってみて、「なる程そうだ、なんの秀・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・実はわたしはもう今までしたような事を罷めて、わたしの勝手にしようかと思っています」 九郎右衛門の目は大きく開いて、眉が高く挙がったが、見る見る蒼ざめた顔に血が升って、拳が固く握られた。「ふん。そんなら敵討は罷にするのか」 宇平は・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・外舅外姑が亡くなってからは、川添の家には卑属しかいないから、翁がうかと言い出しては、先方で当惑するかも知れない。他人同士では、こういう話を持ち出して、それが不調に終ったあとは、少くもしばらくの間交際がこれまで通りに行かぬことが多い。親戚間で・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫