・・・芭蕉は連句において宇宙を網羅し古今を翻弄せんとしたるにも似ず、俳句にはきわめて卑怯なりしなり。 蕪村の理想を尚ぶはその句を見て知るべしといえども、彼がかつて召波に教えたりという彼の自記はよく蕪村を写し出だせるを見る。曰く其角を尋・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・それから博士は俄かに手を大きくひろげて「げにも、かの天にありて濛々たる星雲、地にありてはあいまいたるばけ物律、これはこれ宇宙を支配す。」と云いながらテーブルの上に飛びあがって腕を組み堅く口を結んできっとあたりを見まわしました。 学生・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・草木が宇宙の季節を感じるように、一日に暁と白昼と優しい黄昏の愁があるように、推移しずにはいません。いつか或るところに人間をつき出します。それが破綻であるか、或いは互いに一層深まり落付き信じ合った愛の団欒か、互いの性格と運とによりましょが、い・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・その人々は、自分で雨にぬれる必要がないから、雨中労働をしなければならない農夫の感情がどうであろうかとは直接考えられない。同時に、稲のできばえによって、年貢の上り高がちがう地主が、自己の利害の打算から、その季節と雨とが作物に及ぼす関係を敏感に・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・ ○遠くの方で、屋根越しに松の梢がまばらに大きく左右へはり出した枝を ゆすっているのが雨中に見える。 ○柿の木がすっかり葉をおとし、いくつかの熟した実を盛に雨にうたれている。◎バスにのって戸塚の方へ出たら雨がザーザーふっ・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・ 雨中、福済寺を見る。やはり黄檗宗で、明の帰化人、陳冲の子頴川藤左衛門が尽力して盛大ならしめた寺だ。門前で俥を下り、高い石段を登りつめて甃の道を左に数歩行くと、大観門から左右に廻廊のある青蓮堂が眺められる。黒い甃と朱の建物が、明るい・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 宇宙の間で、これまでサフランはサフランの生存をしていた。私は私の生存をしていた。これからも、サフランはサフランの生存をして行くであろう。私は私の生存をして行くであろう。 森鴎外 「サフラン」
・・・此の恐るべき文学の包括力が、マルクスをさえも一個の単なる素材となすのみならず、宇宙の廻転さえも、及び他の一切の摂理にまで交渉し得る能力を持っているとするならば、われわれの文学に対する共通の問題は、一体、いかなる所にあるのであろうか。それは、・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・この北国神話の中の神のような人物は、宇宙の問題に思を潜めている。それでも稀には、あの荊の輪飾の下の扁額に目を注ぐことがあるだろう。そしてあの世棄人も、遠い、微かな夢のように、人世とか、喜怒哀楽とか、得喪利害とか云うものを思い浮べるだろう。し・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・神話時代には天皇は、宇宙の主宰者たる天照大神の代表者であった。天照大神は信仰の対象であって現実的に経験のできるものでない。それは理論的に言えば一切のものの根源たる一つの理念である。この理念の代表者或いは象徴であるがゆえに神聖な権威があったの・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫