・・・が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・やどかりはうようよ数珠形に、其処ら暗い処に蠢いたが、声のありそうなものは形もなかった。 手を払って、「ははあ、岡沙魚が鳴くんだ」 と独りで笑った。 中 虎沙魚、衣沙魚、ダボ沙魚も名にあるが、岡沙魚と言・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ ぼやりと黄色な、底の方に、うようよと何か動いてけつから。」「えッ、何さ、何さ、三ちゃん、」と忙しく聞いて、女房は庇の陰。 日向の奴も、暮れかかる秋の日の黄ばんだ中に、薄黒くもなんぬるよ。「何だかちっとも分らねえが、赤目鰒の・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ プラットフォームで、真黒に、うようよと多人数に取巻かれた中に、すっくと立って、山が彩る、目瞼の紅梅。黄金を溶す炎のごとき妙義山の錦葉に対して、ハッと燃え立つ緋の片袖。二の腕に颯と飜えって、雪なす小手を翳しながら、黒煙の下になり行く汽車・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・その臭の主も全くもう溶けて了って、ポタリポタリと落来る無数の蛆は其処らあたりにうようよぞろぞろ。是に食尽されて其主が全く骨と服ばかりに成れば、其次は此方の番。おれも同じく此姿になるのだ。 その日は暮れる、夜が明ける、何も変った事がなくて・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・僕等の前には、ゴーゴリや、モリエールによって取扱わるべき材料がうようよしている。 今は小説を書くために、小説を書いている人間はいくらでもいるが、本当に、ペンをとってブルジョアを叩きつぶす意気を持ってかゝっている者は、五指を屈するにも足り・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・河面一面にせり合い、押し合い氷塊は、一度に放りこまれた塵芥のように、うようよと流れて行った。ある日、それが、ぴたりと動かなくなった。冬籠もりをした汽船は、水上にぬぎ忘れられた片足の下駄のように、氷に張り閉されてしまった。 舷側の水かきは・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・すみっともなく、妙に疳にさわって、おい、お慶、日は短いのだぞ、などと大人びた、いま思っても脊筋の寒くなるような非道の言葉を投げつけて、それで足りずに一度はお慶をよびつけ、私の絵本の観兵式の何百人となくうようよしている兵隊、馬に乗っている者も・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・いや、ちがった、おたまじゃくしが、一千匹以上うようよしているのだ。山高帽子が似合うようでは、どだい作家じゃない。僕は、この秋から支那服着るのだ。白足袋をはきたい。白足袋はいて、おしるこたべていると泣きたくなるよ。ふぐを食べて死んだひとの六十・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・無数の黒色の旅客が、この東洋一とやらの大停車場に、うようよ、蠢動していた。すべて廃残の身の上である。私には、そう思われて仕方がない。ここは東北農村の魔の門であると言われている。ここをくぐり、都会へ出て、めちゃめちゃに敗れて、再びここをくぐり・・・ 太宰治 「座興に非ず」
出典:青空文庫