・・・そしてそれらの棚の上にうんざりと積んであった牛乳瓶は、思ったよりもけたたましい音を立てて、壊れたり砕けたりしながら山盛りになって地面に散らばった。 その物音には彼もさすがにぎょっとしたくらいだった。子供はと見ると、もう車から七、八間のと・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 私はむかむかッとして来た、筆蹟くらいで、人間の値打ちがわかってたまるものか、近頃の女はなぜこんな風に、なにかと言えば教養だとか、筆蹟だとか、知性だとか、月並みな符号を使って人を批評したがるのかと、うんざりした。「奥さんは字がお上手な・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 京都弁は誰が書いても同じ紋切型だと言ったが、しかし、大阪弁も下手な作家や、大阪弁を余り知らない作家が書くと、やはり同じ紋切型になってしまって、うんざりさせられる。新派の芝居や喜劇や放送劇や浪花節や講談や落語や通俗小説には、一種きま・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・二年兵の食器洗い、練兵、被服の修理、学科、等々、あとからあとへいろ/\なことが追っかけて来るのでうんざりする。腹がへる。 軍隊特有な新しい言葉を覚えた。からさせ、──云わなくても分っているというような意。まんさす、──二年兵・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・ しかし、これから、さき、なおどれだけ自分の意志の反してパルチザンを追っかけさせまわらされるか量り知れない自分にはうんざりせずにいられなかった。丈夫で勤務についている者は、いつまでシベリアにいなければならないか、そのきりが分らないのだ。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・それを思うとうんざりした。しまいには、落盤にへしゃがれるか、蝕ばまれた樹が倒れるように坑夫病で倒れるか、でなければ、親爺のように、ダイナマイトで粉みじんにくだかれてしまうかだ。 彼等は、恋まで土鼠のような恋をした。土の中で雄が雌を追っか・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・何も別にお話する程の珍らしい事もございませぬが、本当に、いつもいつも似たような話で、皆様もうんざりしたでございましょうから、きょうは一つ、山椒魚という珍動物に就いて、浅学の一端を御披露しましょう。先日私は、素直な書生にさそわれまして井の頭公・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・この女中までが私を変に警戒しているようなふうなので、私は、うんざりしました。あの外八文字が、みんなに吹聴したのに違いありません。その夜は私も痛憤して、なかなか眠られぬくらいでしたが、でも、翌る朝になったら恥ずかしさも薄らいで、部屋を掃除しに・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・』先夜ひそかに如上の文章を読みかえしてみて、おのが思念の風貌、十春秋、ほとんど変っていないことを知るに及んで呆然たり、いや、いや、十春秋一日の如く変らぬわが眉間の沈痛の色に、今更ながらうんざりしたのである。わが名は安易の敵、有頂天の小姑、あ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ 田島は、うんざりしたように口をゆがめて、「君のする事なす事を見ていると、まったく、人生がはかなくなるよ。その手は、ひっこめてくれ。カラスミなんて、要らねえや。あれは、馬が食うもんだ。」「安くしてあげるったら、ばかねえ。おいしい・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫