・・・脚が地に泥んで、一と動する毎に痛さは耐きれないほど。うんうんという唸声、それが頓て泣声になるけれど、それにも屈ずに這って行く。やッと這付く。そら吸筒――果して水が有る――而も沢山! 吸筒半分も有ったろうよ。やれ嬉しや、是でまず当分は水に困ら・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・何でも斯ういう際は多少の不便を忍んでもすぱりと越して了うんですな。第一処が変れば周囲の空気からして変るというもんで、自然人間の思想も健全になるというような訳で……」斯う云ったようなことを一時間余りもそれからそれと並べ立てられて、彼はすっかり・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・旱のためうんかがたくさん田に湧いたのを除虫燈で殺している。それがもうあと二三日だからというので、それを見にあがったのだった。平野は見渡す限り除虫燈の海だった。遠くになると星のように瞬いている。山の峡間がぼうと照らされて、そこから大河のように・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・「や、こいつは奇体だ、樋口君、どこから買って来たのだ、こいつはおもしろい」と、私はまだ子供です、実際おもしろかった、かごのそばに寄ってながめました。「うん、おもしろい鳥だろう」と、樋口はさびしい笑いをもらしてちょっと振り向きましたが・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・「せつよ、お父うに砂糖を貰うた云うて、よそへ行て喋るんじゃないぞ!」 妻は、とびまわる子供にきつい顔をして見せた。「うん。」「啓は、お父うのとこへ来い。」 座敷へ上ると与助は、弟の方を膝に抱いた。啓一は彼の膝に腰かけて、・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・「どうして?」「飲みたくないんだ」彼は女の手に盃を持たしてやった。「ソお」女は今度はすぐ飲んだ。 龍介は注いでやった。「本当、いいの?」「うん」 女はちょっと笑顔をしてのんだ。彼は銚子を下に置かずに注いでやった。・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・あまり憎い口を弟がきくから、「あるぞい――うん、ある、ある」そう言っておげんは皆に別れを告げて来た。待っても、待っても、旦那はあれから帰って来なかった。国の方で留守居するおげんが朝夕の友と言えば、旦那の置いて行った机、旦那の置いて行った部屋・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「うん。そうだ。こないだじゅうは工場で働いていたのだが、七週間この方、為事にありつかずにいるのだ。元は二人ずつの組にして使われたものだが、この頃はそうでなくなったからなあ。」 婆あさんはまた一足進み寄った。この不思議な人間を委しく見・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・己の家の饅頭がなぜこんなに名高いのだと思う、などとちゃらかすので、そんならお前さんはもう早くから人の悪口も聞いていたのかと問えば、うん、と言ってすましている。女房はわっと泣きだして、それを今日まで平気でいたお前が恨めしい。畢竟わしをばかにし・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ ――さようなら。あ、帯がほどけそうよ。むすんであげましょう。ほんとうに、いつまでも、いつまでも、世話を焼かせて。……奥さんに、よろしくね。 ――うん。機会があれば、ね。」 次男は、ふっと口をつぐんだ。そうして、けッと自嘲した。・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫