・・・ 本棚がある。小説類、レーニン論文集、生理医学等の本がギッシリつまっている。「すべての勤労者に知識と健康とを!」 絵入りの手書壁新聞が貼られている。幾列も並んでいる長い卓子の一隅で、若い看護婦が帳面に何か書いている。われわれが入・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・『婦人民主』の特色は、婦人をくいものにするすべての営利出版に抗して、清純、良心的な立場から発刊される点である。あくまでも、真摯な婦人大衆との協働によって、この小さい『婦人民主』を、愛するに足るものに育て上げたいと願っている。〔一九四六年・・・ 宮本百合子 「われらの小さな“婦人民主”」
・・・ 四畳半には鋭利な刃物で、気管を横に切られたお蝶が、まだ息が絶えずに倒れていた。ひゅうひゅうと云うのは、切られた気管の疵口から呼吸をする音であった。お蝶の傍には、佐野さんが自分の頸を深くえぐった、白鞘の短刀の柄を握って死んでいた。頸動脉・・・ 森鴎外 「心中」
・・・Hegel 派の極左党で、無政府主義を跡継ぎに持っている Max Stirner の鋭利な論法に、ハルトマンは傾倒して、結論こそ違うが、無意識哲学の迷いの三期を書いた。ニイチェの「神は死んだ」も、スチルネルの「神は幽霊だ」を顧みれば、古いと・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・そのために自己に対する不断の注意と警戒とを怠らなかった先生は、人間性の重大な暗黒面――利己主義――の鋭利な心理観察者として我々の前に現われた。 先生にとっては「正しくあること」は「愛すること」よりも重いのである。私はかつて先生に向かって・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫