・・・「えらい温るそうでんな」 馴々しく言った。「ええ、とても……」「……温るおまっか。さよか」 そう言いながら、男はどぶんと浸ったが、いきなりでかい声で、「あ、こら水みたいや。無茶しよる。水風呂やがな。こんなとこイはいっ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・味方のかしら、敵のかしら。ええ、馬鹿くさい! そんな事は如何でも好いではないか? と、また腫はれまぶたを夢に閉じられて了った。 先刻から覚めてはいるけれど、尚お眼を瞑ったままで臥ているのは、閉じたまぶたごしにも日光が見透されて、開け・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・それより今から僕と一緒に崖の方まで行かないですか。ええ」 酔った青年はある熱心さで相手を誘っていた。しかし片方はただ笑うだけでその話には乗らなかった。 2 生島はその夜晩く自分の間借りしている崖下の家へ帰って来た・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ あら父様、お怒りなすったの。綱雄さんだって悪気で言ったのではありませんよ。何ですねえそんな顔をなすって。 ええ引ッ込んでいろ。手前の知ったことではないわ。と思わぬ飛※を吹きぬ。 それは大事な魂胆をお聞き及びになりましたので、と・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「どこだと聞かっしゃるな、どこでもええじゃござんせんか、徳のつれてゆく所におもしろうない所はない」と徳二郎は微笑を帯びて言った。 この徳二郎という男はそのころ二十五歳ぐらい、屈強な若者で、叔父の家には十一二の年から使われている孤児で・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・「どっちへでもいい、ええかげんで連れてって呉れよ。」二人はやけになった。「あんまり追いたてるから、なお分らなくなっちまったんだ。」 スメターニンは、毛皮の帽子をぬいで額の汗を拭いた。 九 薄く、そして白い夕暮・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、ナア、一体どういうのだろう。なんにしても岡釣の人には違いねえな。」 「ええ、そうです。どうも見たこともねえ人だ。岡釣でも本所、深川、真鍋河岸や万年のあたりでまごまごした人とも思われねえ、あれは上の方の・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・出た跡尾花屋からかかりしを冬吉は断り発音はモシの二字をもって俊雄に向い白状なされと不意の糺弾俊雄はぎょッとしたれど横へそらせてかくなる上はぜひもなし白状致します私母は正しく女とわざと手を突いて言うを、ええその口がと畳叩いて小露をどうなさると・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・わたしは隣りの部屋でも、知らん顔をして寝ているわいなし――ええええ、知らん顔をして」 お新はこんな話をするにも面長な顔を婆やの方へ近く寄せて言った。 そこへ小さな甥の三吉が飛んでやって来た。前の日にこの医院へ来たばかりで種々な眼につ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「ええ。あの仲間へ這入ってこの腕を上げ下げして、こちとらの手足の中にある力を鉄の上に加えて見たい。あの目の下に見えている頑強な、固い、立派な鉄の上に加えて見たい。なんだってここに立って両手を隠しに入れていなくてはならないのだろう。」 そ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫