・・・女の子は、「ええ、私もまいにち見ていますわ。でも、それは、あっちの方にあるんですよ。あなたはあべこべの方へ来たんですわ。」といいました。「いらっしゃい。こっちへ来ると見えるのよ。」と、女の子はお家のそばの、すこしたかいところへ男の子・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・ ――ああ、仕合せだ。おまえがいなくなってから、すべてが、よろしく、すべてが、つまり、おのぞみどおりだ。 ――ちぇっ、若いのをおもらいになったんでしょう? ――わるいかね。 ――ええ、わるいわ。あたしが犬の道楽さえ、よしたら・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・「僕がしましょう。」興奮の余りに、上わ調子になった声で、チルナウエルが叫んだ。「その日数だけ休暇が貰えるかね。半年は掛かるよ。」中尉はこう云って、小さい銀行員を、頭から足まで見卸した。「ええ。僕がいないと、銀行で差支えるのですが・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・「だって、そりゃあ、……あとから来る事だってあるじゃありませんか。」「……この『様』の字をちょっと比べて見てくれ。どうも同じ手だと思うんだが……。」「ええ、そうですよ。……きっとそうですよ。」 めんどうくさくなった細君は無責・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・「お久しぶりですね」おひろは瘠せた膝をして、ぴったりとそこに坐った。「相変らず瘠せているね。やっぱり出てるんだね」道太は浅黒いその顔を見ながら話しかけた。「ええ、効性がないもんですから、いつお出でたんですの」おひろは銚子を取り上・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「おや、この子、茂さんのお友達?」 私は林が何と答えてくれるだろうと思った。また犬の頭をなでている女中さんも、うしろにたってみている子供たちも、一緒に林の顔を見ていた。「ええ」 すると林は、それだけだが、非常にはっきりと、顔・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・というと、お民は「ええ。」と顎で頷付いて、「おぼし召でいいんです。」と泰然として瞬き一ツせず却て僕の顔を見返した。「おぼし召じゃ困るね。いくらほしいのだ。」 斯ういう掛合に、此方から金額を明言するのは得策でない。先方の口から言出させ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・「何がさ。それだから早く聞かせろと云ってるじゃないか」「せんだって中から申し上げた犬で御座います」「犬?」「ええ、遠吠で御座います。私が申し上げた通りに遊ばせば、こんな事にはならないで済んだんで御座いますのに、あなたが婆さん・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・「もう一遍」「ええ。故郷へ発程までに、もう一遍御一緒に来て下さいよ、後生ですから」「もう一遍」と、西宮は繰り返し、「もう、そんな間はないんだよ」「えッ。いつ故郷へ立発んですッて」と、吉里は膝を進めて西宮を見つめた。「新橋・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ジネストの奥さんに、わたしが来て待っているとそう云ったかね。ええ。」 下女は妙な笑顔をした。「あの、奥さんがお客様にお断り申してくれとそうおっしゃいました。」「ええ。どうも分からないな。お断り申せとはどう云うのだね。奥さんはおいでに・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫