・・・即ち一つの王国をもって之を支配し、神と同じく召使たちをもっている。悪鬼どもが彼の手下である。その国が何処にあるかは明瞭でない。天と地との中間のようでもあり、天の処という場所か、または、地の底らしくもある。とにかく彼は此の地上を支配し、出来る・・・ 太宰治 「誰」
・・・・ヴァレーズ伯爵がけしからぬ犯行の現場から下着のままで街頭に飛び出し、おりから通りかかったマラソン競走の中に紛れ込み、店先の値段札を胸におっつけて選手の番号に擬するような、卑猥であくどい茶番はヤンキー王国の顧客にはぜひとも必要なものであろう・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・富岡永洗、武内桂舟などの木版色刷りの口絵だけでも当時の少年の夢の王国がいかなるものであったかを示すに充分なものであろう。 これらの読み物を手に入れることは当時のわれわれにはそれほど容易ではなかった。二十銭三十銭を父母にもらい受ける手数の・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・人のはいらないような茂みの中には美しいフェアリーや滑稽なゴブリンの一大王国があったのである。後年「夏夜の夢」を観たり「フォーヌの午後」を聞いたりするたびに自分は必ずこの南国の城山の茂みの中の昆虫の王国を想いだした。しかし暑いことも無類であっ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ 四 三三九頁を見ると、 フェレチ王国の人々は朝起きた時に一番先に眼に触れたものを、その一日中崇拝するという事が書いてある。 新輸入の思想の初物を崇拝する現代の多数の人達とこの昔の王国の人とどこか似た・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・昼間見ると乞食王国の首都かと思うほどきたないながめであったが、夜目にはそれがいかにも涼しげに見えた。父は長い年月熊本に勤めていた留守で、母と祖母と自分と三人だけで暮らしていたころの事である。一夏に一度か二度かは母に連れられて、この南磧の涼み・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・大将「これはモナコ王国に於てばくちの番をしたとき貰ったのじゃ。」特務曹長「はあ実に恐れ入ります。」大将「これはどうじゃ。」特務曹長「どこの勲章でありますか。」大将「手製じゃ手製じゃ。わしがこさえたのじゃ。」特務曹長「・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・しいて、その地点を求むるならば、それは、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスがたどった鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠のはるかな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。じつにこれは著者の心象中に、このような状景をもって・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ 鶯谷へついたとき、人々はせき立って、窓から降りはじめた。男たちばかりが降りている。そのうちやっと、ドアが開いた。 出口に近づいて行ったら、反対の坐席の横の方から、若い女が、おろおろになって「あの、この辺にショール落ちていな・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・現代でいえば一つの都市ぐらいしかなかった十九世紀初頭のドイツ小王国ワイマールの学友宰相であったゲーテは、その時代の性格とその政治生活の規模にしたがって、何と素朴だったろう。そして何と「宮廷詩人」的であったろう。ナチスが、ゲーテ崇拝を流行させ・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
出典:青空文庫