・・・私もおおげさだったが、おきみ婆さんもおおげさだった。そのころ大宝寺小学校に尋常四年生の花組に漆山文子という畳屋町から通っている子がいて、芸者の子らしく学校でも大きな藤の模様のついた浴衣を着て、ひけて帰ると白粉をつけ、紅もさしていましたが、奉・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・「おお、五体は宙を飛んで行く、これぞ甲賀流飛行の術、宙を飛んで注進の、信州上田へ一足飛び、飛ぶは木の葉か沈むは石田か、徳川の流れに泛んだ、葵を目掛けて、丁と飛ばした石田が三成、千成瓢箪押し立てりゃ、天下分け目の大いくさ、月は東に日は西に・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・と、眼を開けば、例の山査子に例の空、ただ白昼というだけの違い。おお、隣の人。ほい、敵の死骸だ! 何という大男! 待てよ、見覚があるぞ。矢張彼の男だ…… 現在俺の手に掛けた男が眼の前に踏反ッているのだ。何の恨が有っておれは此男を手に掛けた・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・私はある晩おおいに彼に叱られたことがある。それは、私がずっと以前に書いたものの中に、けっして彼のことを書いたのではないのだがサーニン主義者めいたものを書いたのを、彼は自分から彼のことを書いたもののように解して、蔭では怒っているのだそうである・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・しかもうっとりとした生の幻影で私を瞞そうとする太陽。おお、私の太陽。私はだらしのない愛情のように太陽が癪に触った。裘のようなものは、反対に、緊迫衣のように私を圧迫した。狂人のような悶えでそれを引き裂き、私を殺すであろう酷寒のなかの自由をひた・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・鶏に呉れてやる女には、これはよいことだが、一週間に一度だけ内地米を食って息をついていた子供らにはこれはなか/\慰められないおお事である。 黒島伝治 「外米と農民」
・・・それもその道理で、夫は今でこそ若崎先生、とか何とか云われているものの、本は云わば職人で、その職人だった頃には一通りでは無い貧苦と戦ってきた幾年の間を浮世とやり合って、よく搦手を守りおおさせたいわゆるオカミサンであったのであるし、それに元来が・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・「おお、これはおめずらしい」 と言いながら、お三輪はすっぽん仕立の吸物の蓋を取った。 食堂の方でも客の食事が始まっていた。一しきりはずんで聞えた客の高い笑声も沈まってしまった。さかんな食慾を満たそうとする人達は、ほんとうにうまい・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ほうっておおきなさい。それをおひろいになると大へんなことがおこります。」と言いました。ウイリイはそのまま通り過ぎました。 ところが、しばらくいくと、同じような金色に光る羽根がまた一本おちています。こんどのは前のよりも、もっときらきらした・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・つかなく、言葉もウマウマとか、イヤイヤとかを言えるくらいが関の山で、脳が悪いのではないかとも思われ、私はこの子を銭湯に連れて行きはだかにして抱き上げて、あんまり小さく醜く痩せているので、凄しくなって、おおぜいの人の前で泣いてしまった事さえご・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫