・・・ しかし、考えてみればおかしな演説会であった。工場がえりの組合員たちは、弁当箱をひざにのせたまま居眠りしているのに、学生たちは興奮して怒鳴ったりしている。ひょうきんな浅川など、弁士が壇をおりたとき、喜んでしまって、帽子を会場の天井になげ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・あなた自身も知らないというような落胤があって、世に生存していたらおかしなものですな。」と言う。「むかしの小説や芝居なら知らないこと、そんな事はあり得ないはなしだ。」とわたくしは重ねて否定したが、しかし人生には意表に出る事件がないとも限ら・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ちょっとおかしな話であるが、日本でも乞食を三日すれば忘れられないと云いますからあるいは本当かも知れません。乞食の型とか牢屋の型とか云うのも妙な言葉ですが、長い年月の間には人間本来の傾向もそういう風に矯めることができないとも限りません。こんな・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・袖を通したら、おかしなものだろう」「なに、あなた。袖をお通しなすッて立ッてごらんなさい、きッとよくお似合いなさいますよ。ねえ、花魁」「まさか。ははははは」「ほほほほほ」 吉里は一語も発わぬ。見向きもせぬ。やはり箪笥にもたれた・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 向こうに魚の骨の形をした灰いろのおかしなきのこが、とぼけたように光りながら、枝がついたり手が出たりだんだん地面からのびあがってきます。二疋の蟻の子供らは、それを指さして、笑って笑って笑います。 そのとき霧の向こうから、大きな赤い日・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ぼんやりとしてそれでいて何だか堅苦しそうにしている新入生はおかしなものだ。ところがいまにみんな暴れ出す。来年になるとあれがみんな二年生になっていい気になる。さ来年はみんな僕らのようになってまた新入生をわらう。そう考えると何だか変な気がする。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ ところが、一年経ったらエログロ出版者たちは、おかしな風に右ねじりをはじめてきた。最近の「軍艦大和」の問題は、文学作品の形をとっていたから、文学者たちの注目を集め、批判をうけましたが、ひきつづきいくつかの形で二・二六実記が出て来たし、丹・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 一太は、「やーい、おかしな善どん」と囃し立て、逃げる真似をした。「なによっ! 生意気な納豆野郎!」 一太はそれを待っていたのだ。チョロリ、チョロリ、荷車の囲りを駈け廻って善どんに追っかけられた。大人と鬼ごっこするのが一・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・車台の上では二人の男、おかしなふうに身体を揺られている。そして車の中の一人の女はしかと両側を握って身体の揺れるのを防いでいる。 ゴーデルヴィルの市場は人畜入り乱れて大雑踏をきわめている。この群集の海の表面に現われ見えるのは牛の角と豪農の・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・何んだか、そろそろおかしな話になって来たが、とにかく、お前が病気をしたお蔭で、俺ももう看護婦の免状位は貰えそうになって来たし、不幸ということがすっかり分らなくなって来たし、こんな有り難いことはそうやたらにあるもんじゃない。お前も、ゆっくり寝・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫