・・・小宮山はそれを聞くと悪寒がするくらい、聞くまい、聞くまいとする耳へ、ひいひい女の泣声が入りました。屹となって、さあ始めやがった、あン畜生、また肋の骨で遣ってるな、このままじゃ居られないと、突立ちました小宮山は、早く既にお雪が話の内の一員に、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
花の咲く前には、とかく、寒かったり、暖かかったりして天候の定まらぬものです。 その日も暮れ方まで穏やかだったのが夜に入ると、急に風が出はじめました。 ちょうど、悪寒に襲われた患者のように、常磐木は、その黒い姿を暗の中で、しきり・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・ 十八日、浮腫はいよいよひどく、悪寒がたびたび見舞います。そして其の息苦しさは益々目立って来ました。この日から酸素吸入をさせました。そして、彼が度々「何か利尿剤を呑む必要がありましょう、民間薬でもよろしいから調べて下さい」と言いますので・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・それでもまだ寒い。悪寒に慄えながら秋の頭は何度も浴槽を想像する。「あすこへ漬ったらどんなに気持いいことだろう」そして私は階段を下り浴槽の方へ歩いてゆく私自身になる。しかしその想像のなかでは私は決して自分の衣服を脱がない。衣服ぐるみそのなかへ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・この時、悪寒が身うちに行きわたって、ぶるぶるッとふるえた、そして続けざまに苦しい咳をしてむせび入った。 ふと思いついたのは、今から二月前に日本橋のある所で土方をした時知り合いになった弁公という若者がこの近所に住んでいることであった。道悪・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ 氷のような悪寒が、電流のように速かに、兵卒達の全身を走った。彼等は、ヒヤッとした。栗島は、いつまでも太股がブル/\慄えるのを止めることが出来なかった。軍刀は打ちおろされたのであった。 必死の、鋭い、号泣と叫喚が同時に、老人の全身か・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・にこにこ卑しい追従笑いを浮べて、無心そうに首を振り、ゆっくり、ゆっくり、内心、背中に毛虫が十匹這っているような窒息せんばかりの悪寒にやられながらも、ゆっくりゆっくり通るのである。つくづく自身の卑屈がいやになる。泣きたいほどの自己嫌悪を覚える・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ と叫び出したい発作。悪寒。尿意。自分で自分の身の上が、信じられなかった。他人の表情がみな、のどかに、平和に見えて、薄暗いプラットフオムに、ひとり離れて立ちつくし、ただ荒い呼吸をし続けている。 ほんの四、五分待っていただけなのだが、すく・・・ 太宰治 「犯人」
・・・全身には悪熱悪寒が絶えず往来する。頭脳が火のように熱して、顳がはげしい脈を打つ。なぜ、病院を出た? 軍医があとがたいせつだと言ってあれほど留めたのに、なぜ病院を出た? こう思ったが、渠はそれを悔いはしなかった。敵の捨てて遁げた汚い洋館の板敷・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・熱が出て、悪寒がする。幻覚が起る。向うから来る女が口を開く。おれは好色家の感じのような感じで、あの口の中へおれの包みを入れてみたいと思った。巡査が立っている。あの兜を脱がせて、その中へおれの包みを入れたらよかろうと思う。紐をからんでいる手の・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫