・・・をするのに、すぐ指先がかじかんで、一寸やっては顎の下に入れて暖めているのを見るに見兼ねて、「え糞ッ!」という気になり、ストーヴをたきつけてやったと云っている。 監獄にいるお前に「お守り」を送ることをするようなお前の母は、冬がくると家中の・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・其日々々の勤務――気圧を調べるとか、風力を計るとか、雲形を観察するとか、または東京の気象台へ宛てて報告を作るとか、そんな仕事に追われて、月日を送るという境涯でも、あの蛙が旅情をそそるように鳴出す頃になると、妙に寂しい思想を起す。旅だ――五月・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・(と検事は、はじめて白い歯を出して微笑そうで無ければ、私は今すぐあなたを、未決檻に送るつもりでいたのですよ。殺人幇助という立派な罪名があります。 以上は、かの芸術家と、いやらしく老獪な検事との一問一答の内容でありますが、ただ、これだけで・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・○KR女史に、耳環を贈る約束。○人の子には、ひとつの顔しか無かった。○性慾を憎む。○明日。 読んでいって、てるには、ひどく不思議な気がした。庭を掃き掃き、幾度も首をふって考えた。この、謂わば悪魔のお経が、てるの嫁入りまえ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・これ老生の近辺に住む老画伯にして、三十年続けて官展に油画を搬入し、三十年続けて落選し、しかもその官展に反旗をひるがえす程の意気もなく、鞠躬如として審査の諸先生に松蕈などを贈るとかの噂も有之、その甲斐もなく三十年連続の落選という何の取りどころ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ こう云う二人が出逢ったのだから、面白く月日を送ることは、この上もない。勿論その入費は非常である。ポルジイのドリスを愛することは、知り合いになってから、月日が立つと共に、深くなって来る。どんなに面白い女か、どんな途方もない落想のある女か・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 家屋の彼方では、徹夜して戦場に送るべき弾薬弾丸の箱を汽車の貨車に積み込んでいる。兵士、輸卒の群れが一生懸命に奔走しているさまが薄暮のかすかな光に絶え絶えに見える。一人の下士が貨車の荷物の上に高く立って、しきりにその指揮をしていた。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 襟は遺言をもって検事に贈る。どうとも勝手にするがいい。 故郷を離れて死ぬるのはせつない。涙が翻れて、もうあとは書けない。さらばよ。我がロシア。附言。本文中二箇所の字句を改刪してある。これは諷刺の意を誤解せられては差支え・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・またそういう人々がその生活の日ごとに、人類から彼等が負う負債を増しながら、同時に同胞に贈るべきものを増大して行った事が分るだろう。何かの思想あるいは何かの発明の起源を捜そうとする労力は、太陽の下に新しき物なしというあっけない結論に終るに極っ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・このいたずらを利用したものの例としては三角測量の際に遠方の三角点から光の信号を送るへリオトロープがあり、その他色々な光束が色々の信号に使われるのは周知のことである。自分の子供の時分に屋内の井戸の暗い水底に薬鑵が沈んだのを二枚の鏡を使って日光・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫