・・・わが私の餞別ならず、里見殿の賜ものなるに、辞わで納め給えと言う。」――僕はそこを読みながら、おととい届いた原稿料の一枚四十銭だったのを思い出した。僕等は二人ともこの七月に大学の英文科を卒業していた。従って衣食の計を立てることは僕等の目前に迫・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・「十字架に懸り死し給い、石の御棺に納められ給い、」大地の底に埋められたぜすすが、三日の後よみ返った事を信じている。御糺明の喇叭さえ響き渡れば、「おん主、大いなる御威光、大いなる御威勢を以て天下り給い、土埃になりたる人々の色身を、もとの霊魂に・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ この姉を初子と云ったのは長女に生まれた為だったであろう。僕の家の仏壇には未だに「初ちゃん」の写真が一枚小さい額縁の中にはいっている。初ちゃんは少しもか弱そうではない。小さい笑窪のある両頬なども熟した杏のようにまるまるしている。……… ・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・「ここにいる者たちは小作料を完全に納めているか」「ここから上る小作料がどれほどになるか」 こう矢継ぎ早やに尋ねられるに対して、若い監督の早田は、格別のお世辞気もなく穏やかな調子で答えていたが、言葉が少し脇道にそれると、すぐ父から・・・ 有島武郎 「親子」
・・・待ちかまえた仁右衛門の鉄拳はいきなり十二ほどになる長女の痩せた頬をゆがむほどたたきつけた。三人の子供は一度に痛みを感じたように声を挙げてわめき出した。仁右衛門は長幼の容捨なく手あたり次第に殴りつけた。 小屋に帰ると妻は蓆の上にペッたんこ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・奥州筋近来の凶作にこの寺も大破に及び、住持となりても食物乏しければ僧も不住、明寺となり、本尊だに何方へ取納めしにや寺には見えず、庭は草深く、誠に狐梟のすみかというも余あり。この寺中に又一ツの小堂あり。俗に甲冑堂という。堂の書附には故将堂とあ・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・上がってからおよそ十五、六分も過ぎたと思う時分に、あわただしき迎えのものは、長女とお手伝いであった。「お父さん大へんです、奈々ちゃんが池へ落ちて……」 それやっと口から出たか出ないかも覚えがなく、人を押しのけて飛び出した。飛び出る間・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・そして、今しがた僕が読んで納めた手紙を手に取り、封筒の裏の差出し人の名を見るが早いか、ちょっと顔色を変え、「いやアだ」と、ほうり出し、「奥さんから来たのだ」「これ、何をします!」お袋は体よくつくろって、「先生、この子は、ほんとうに、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・随って手洗い所が一番群集するので、喜兵衛は思附いて浅草の観音を初め深川の不動や神田の明神や柳島の妙見や、その頃流行った諸方の神仏の手洗い所へ矢車の家紋と馬喰町軽焼淡島屋の名を染め抜いた手拭を納めた。納め手拭はいつ頃から初まったか知らぬが、少・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、飴チョコを三十ばかり、ほかのお菓子といっしょに箱車の中に収めました。 天使は、また、これからどこへかゆくのだと思いました。いったい、どこへゆくのだろう?箱車の中にはいっている天使は、やはり、暗がりにいて、ただ車が石の上をガタガタ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
出典:青空文庫