・・・――「天下治まり、目出度い御代なれば、かなたこなたにて宝合せをせらるるところ、なんじの知る通り、それがし方には、いまだ誇るべき宝がないによって、汝都へ上り、世に稀なるところの宝が有らば求めて参れ。」与六「へえ」大名「急げ」「へえ」「ええ」「・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・華族様の御台様を世話でお暮し遊ばすという御身分で、考えてみりゃお名もまや様で、夫人というのが奥様のことだといってみれば、何のことはない、大倭文庫の、御台様さね。つまり苦労のない摩耶夫人様だから、大方洒落に、ちょいと雪山のという処をやって、御・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・…… われら町人の爺媼の風説であろうが、矯曇弥の呪詛の押絵は、城中の奥のうち、御台、正室ではなく、かえって当時の、側室、愛妾の手に成ったのだと言うのである。しかも、その側室は、絵をよくして、押絵の面描は皆その彩筆に成ったのだと聞くのも意・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 欣弥さんはお奉行様じゃ、むむ、奥方にあらず、御台所と申そうかな。撫子 お支度が。(――いい由村越 さあ、小父さん、とにかくあちらで。何からお話を申して可いか……なにしろまあ、那室へ。七左 いずれ、そりゃ、はッはッはッ、・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ いや、余事を申上げまして恐入りますが、唯今私が不束に演じまするお話の中頃に、山中孤家の怪しい婦人が、ちちんぷいぷい御代の御宝と唱えて蝙蝠の印を結ぶ処がありますから、ちょっと申上げておくのであります。 さてこれは小宮山良介という学生・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
さて、明治の御代もいや栄えて、あの時分はおもしろかったなどと、学校時代の事を語り合う事のできる紳士がたくさんできました。 落ち合うごとに、いろいろの話が出ます。何度となく繰り返されます。繰り返しても繰り返しても飽くを知・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・非常な源氏の愛読者で、「これを見れば延喜の御代に住む心地する」といって、明暮に源氏を見ていたというが、きまりきった源氏を六十年もそのように見ていて倦まなかったところは、政元が二十年も飯綱修法を行じていたところと同じようでおもしろい。 長・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・三日、癸卯、晴、鶴岳宮の御神楽例の如し、将軍家御疱瘡に依りて御出無し、前大膳大夫広元朝臣御使として神拝す、又御台所御参宮。十日、庚戌、将軍家御疱瘡、頗る心神を悩ましめ給ふ、之に依つて近国の御家人等群参す。廿九日、己巳、雨降る、将軍家御平癒の・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・古い一例を挙げれば清和天皇の御代貞観十六年八月二十四日に京師を襲った大風雨では「樹木有名皆吹倒、内外官舎、人民居廬、罕有全者、京邑衆水、暴長七八尺、水流迅激、直衝城下、大小橋梁、無有孑遺、云々」とあって水害もひどかったが風も相当強かったらし・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・街道の並木の松さすがに昔の名残を止むれども道脇の茶店いたずらにあれて鳥毛挟箱の行列見るに由なく、僅かに馬士歌の哀れを止むるのみなるも改まる御代に余命つなぎ得し白髪の媼が囲炉裏のそばに水洟すゝりながら孫玄孫への語り草なるべし。 このあたり・・・ 寺田寅彦 「東上記」
出典:青空文庫