・・・尺八の稽古といえば、そのころ村に老人がいまして、自己流の尺八を吹いていましたのを村の若い者が煽てて大先生のようにいいふらし、ついに私もその弟子分になったのでございます。けれども元大先生からして自己流ですから弟子も皆な自己流で、ただむやみと吹・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・指すところをじっと見守っていると、底の水苔を味噌汁のように煽てて、幽かな色の、小さな鮒子がむらむらと浮き上る。上へ出てくるにつれて、幻から現へ覚めるように、順々に小黒い色になる。しばらくいっしょに集ってじっとしている。やがて片端から二三匹ず・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・――もし二十五人であったら十二人半宛にしたかも知れぬ、――二等分して、格別物にもなりそうもない足の方だけ死一等を減じて牢屋に追込み、手硬い頭だけ絞殺して地下に追いやり、あっぱれ恩威並行われて候と陛下を小楯に五千万の見物に向って気どった見得は・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 男の子が投げる事をやめる様にわきにある杭の木を小楯に取って、じいっとその方を見つめて居た。 体は静かに、眼は静かに、子供の上にそそがれてあるけれ共、今までに経験したことのない不安な気持は、私の頭中かけ廻って、あの小石が男の子の手を・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・と秋三は煽てて云って、勘次の額に現れ始めた怒りの条を見れば見る程、ますます軽快に皮肉の言葉が流れそうに思われた。「勘よ、うちにビール箱が沢山あったやろが、あれで作ったらどうやろな?」とお霜は云い出した。 秋三はにやにや笑いながら、・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫