・・・ 河童もまた足の早いことは決して猿などに劣りません。僕は夢中になって追いかける間に何度もその姿を見失おうとしました。のみならず足をすべらして転がったこともたびたびです。が、大きい橡の木が一本、太ぶとと枝を張った下へ来ると、幸いにも放牧の・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・この国の霊の力強い事は、埃及の軍勢に劣りますまい。どうか古の予言者のように、私もこの霊との戦に、………」 祈祷の言葉はいつのまにか、彼の唇から消えてしまった。今度は突然祭壇のあたりに、けたたましい鶏鳴が聞えたのだった。オルガンティノは不・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ABの辺では流れの早さは最も盛んな時で一時間十海里くらい、Cの辺でもあまりこれに劣りません。しかし上流のDの辺では一時間二、三海里くらいのものです。流れの最も強い下流の方には方々直径七、八間ほどの漏斗形の大渦巻が出来ます。漁船などこれに巻込・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・ただ歌全体の調子において曙覧はついに『万葉』に及ばず、実朝に劣りたり。惜むべき彼は完全なる歌人たるあたわざりき。 曙覧の歌の調子につきて例を挙げて論ぜんか。前に示したる鉱山の歌のごときは調子ほぼととのいたり、されどこれほどにととのいたる・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・いるわれわれの一つ一つの家庭、しかも戦争の間暴力的な権利でそれをちりぢりばらばらに壊されてしまっていた家庭、それを今日インフレーションの中で再建してゆく努力は、男も女も互にくらべてみれば、決してまさり劣りはないと思う。女の才能がこの社会と家・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・何でもいい、自分さえたべられればいい、それでは、犬や猫に劣ります。犬や猫には、社会的感覚の自覚がないんですから。 所有慾が、人間の動かし難い本能と考える人もあるけれども、それでさえ、生きてゆく社会の事情で変るんです。現実に変るんです。何・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・ 正坐にかまえて都人の華奢な風を偲ばせて居るのは殿、その下坐に弟君、かかり人までこの宴にもれず、仮面もかぶらずにひかえて居る、それからは年の順、役の順に長年忠義劣りない家の子、家臣の一番上坐に、殿のみどり子の時からつかえて今に尚、この頃・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫