・・・礼がかえって漁者の惑いを募らせ曳く網のたび重なれば阿漕浦に真珠を獲て言うなお前言うまいあなたの安全器を据えつけ発火の予防も施しありしに疵もつ足は冬吉が帰りて後一層目に立ち小露が先月からのお約束と出た跡尾花屋からかかりしを冬吉は断り発音はモシ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・植物図鑑によると雄花と雌花と別になっているそうであるが、自分の見た中にはどうも雄蕊雌蕊を兼備しているらしいものも見えた。 カワラマツバの小さな四弁花は弁と弁との間から出た雄蕊がみんな下へ垂れ下がって花心から逃げ出しそうにしている。ウツボ・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・東京市何区何町の真中に尾花が戦ぎ百舌が鳴き、狐や狸が散歩する事になったのは愉快である。これで札幌の町の十何条二十何丁の長閑さを羨まなくてもすむことになったわけである。 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・名前だけで想像していたこの渡し場は武蔵野の尾花の末を流れる川の岸のさびしい物哀れな小駅であったが、来て見るとまず大きな料理屋兼旅館が並んでいる間にペンキ塗りの安西洋料理屋があったり、川の岸にはいろんな粗末な工場があったり、そして猪苗代湖の水・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・これらや歌人の歌枕なるべきとて 関守のまねくやそれと来て見れば 尾花が末に風わたるなり 薄の句を得たり。 大方はすゝきなりけり秋の山 伊豆相模境もわかず花すゝき 二十余年前までは金紋さき箱の行列・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・〔欄外に〕 尾花、紫苑。日が沈んで夕方暗くなる一時前の優婉さ、うき立つ秋草の色。 工場の女と犬 十月雨の日 女工「マル マル マルや 来い来い お前を入れて置きたいのは山々だけれどもね、土屋さ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 古い『新古文林』に出て居る本居宣長先生の「尾花が本」と楽翁コーの「関の秋風」をうつして置く。夜は父から希臘の美術の話をきいた。それから法隆寺模様の特長と桃山時代の美術の特長とを文様集成を見て知った。・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・亭のまわりの尾花がくれにそれが見える。 写生の日傘と、東屋との間の道を、百花園と染抜いた袢纏の男が通る。続いて子供づれの夫婦が来かかった。「お父さん、あんなトンネル、おうちにもあるといいね」「うん」「拵えてね」「お家・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・北は荒川から南は玉川まで、嘘もない一面の青舞台で、草の楽屋に虫の下方,尾花の招引につれられて寄り来る客は狐か、鹿か、または兎か、野馬ばかり。このようなところにも世の乱れとてぜひもなく、このころ軍があッたと見え、そこここには腐れた、見るも情な・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫