・・・「宝船じゃ、宝船じゃ。」と云いながら秋三が一人の乞食を連れて這入って来るのが眼に留まった。「やかまし、何じゃ。」と彼女は云った。「伯母やん、結構なもんが着いたぞ、喜びやれ。」 勘次の母は店の間へ出て行って乞食の顔を見た。・・・ 横光利一 「南北」
・・・死相をそのまま現わしたような翁や姥の面はいうまでもなく、若い女の面にさえも急死した人の顔面に見るような肉づけが認められる。能面が一般に一味の気味悪さを湛えているのはかかる否定性にもとづくのである。一見してふくよかに見える面でも、その開いた眼・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
・・・特に尉や姥の面は強く死相を思わせるものである。このように徹底的に人らしい表情を抜き去った面は、おそらく能面以外にどこにも存しないであろう。能面の与える不思議な感じはこの否定性にもとづいているのである。 ところでこの能面が舞台に現われて動・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫