・・・小さい弟の子守りをしながら留守居をしていた祖母は、恥しがる京一をつれて行って、「五体もないし、何んちゃ知らんのじゃせに、えいように頼むぞ。」 と、彼女からは、孫にあたある仁助に頭を下げた。 学校で席を並べていた同年の留吉は、一ヶ・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・まるで、人間の命と銅とをかけがえにしているのと同然だった。祖母や、母は、まだ、ケージを取りつけなかった頃、重い、鉱石を背負って、三百尺も四百尺も下から、丸太に段を刻みつけた梯子を這い上っていた。三百尺の梯子を、身体一ツで登って行くのでさえ容・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・お浪もこの夙く父母を失った不幸の児が酷い叔母に窘められる談を前々から聞いて知っている上に、しかも今のような話を聞いたのでいささか涙ぐんで茫然として、何も無い地の上に眼を注いで身動もしないでいた。陽気な陽気な時節ではあるがちょっとの間はしーん・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・御名前が書いてある軸があって、それにも御初穂を供える、大祭日だというて数を増す。二十四日には清正公様へも供えるのです。御祖母様は一つでもこれを御忘れなさるということはなかったので、其他にも大黒様だの何だのがあるので、如何な日でも私が遣らなく・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ おのずからなる石の文理の尉姥鶴亀なんどのように見ゆるよしにて名高き高砂石といえるは、荒川のここの村に添いて流るるあたりの岸にありと聞きたれば、昼餉食べにとて立寄りたる家の老媼をとらえて問い質すに、この村今は赤痢にかかるもの多ければ、年・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・久しく見ざれば停車場より我が家までの間の景色さえ変りて、愴然たる感いと深く、父上母上の我が思いなしにやいたく老いたまいたる、祖母上のこの四五日前より中風とやらに罹りたまえりとて、身動きも得したまわず病蓐の上に苦しみいたまえるには、いよいよ心・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ で、諸大名ら人の執成しで、将軍義澄の叔母の縁づいている太政大臣九条政基の子を養子に貰って元服させ、将軍が烏帽子親になって、その名の一字を受けさせ、源九郎澄之とならせた。 澄之は出た家も好し、上品の若者だったから、人も好い若君と喜び・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・彼女は嫁いで行った小山の家の祖母さんの死を見送り、旦那と自分の間に出来た小山の相続人でお新から言えば唯一人の兄にあたる実子の死を見送り、二年前には旦那の死をも見送った。彼女の周囲にあった親しい人達は、一人減り、二人減り、長年小山に出入してお・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・「小山さん、お客さま」 と看護婦が声を掛けに来た。思いがけない宗太の娘のお玉がそこへ来てコートの紐を解いた。「伯母さんはまだお夕飯前ですか」とお玉が訊いた。「これからお膳が出るところよのい」とおげんは姪に言って見せた。「・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・北村君は十一の年までは小田原にいて、非常に厳格な祖父の教育の下に、成長した。祖母という人は、温順な人ではあったが、実の祖母では無くて、継祖母であった。北村君自身の言葉を借りて云えば、不覊磊落な性質は父から受け、甚だしい神経質と、強い功名心と・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
出典:青空文庫