・・・何しろ主人役が音頭をとって、逐一白状に及ばない中は、席を立たせないと云うんだから、始末が悪い。そこで、僕は志村のペパミントの話をして、「これは私の親友に臂を食わせた女です。」――莫迦莫迦しいが、そう云った。主人役がもう年配でね。僕は始から、・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・「デンネツ? 電気の熱か何かかい?」「困るなあ、文学者は。」 宮本はそう云う間にも、火の気の映ったストオヴの口へ一杯の石炭を浚いこんだ。「温度の異なる二つの物体を互に接触せしめるとだね、熱は高温度の物体から低温度の物体へ、両・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・その人々は大人も子供も大人になり掛かった子供も、皆空気と温度と光線とに酔って居る人達で、叫んだり歌を謡ったり笑ったりして居る。 その中でこの犬と初めて近づきになったのは、ふと庭へ走り出た美しい小娘であった。その娘は何でも目に見えるものを・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・それは日のよくあたる風の吹く、ほどよい湿度と温度が幸いする日、杉林が一斉に飛ばす花粉の煙であった。しかし今すでに受精を終わった杉林の上には褐色がかった落ちつきができていた。瓦斯体のような若芽に煙っていた欅や楢の緑にももう初夏らしい落ちつきが・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・警戒所でとった煖炉の温度は、扉から出て二分間も歩かないうちに、黒龍江の下流から吹き上げて来る嵐に奪われてしまった。防寒靴は雪の中へずりこみ、歩くたびに畚のようにがく/\動いた。それでも足は、立ち止っている時にでも常に動かしていなければならな・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・、かれがそこの日当りよすぎるくらいの離れ座敷八畳一間を占領し、かれに似ず、小さくそそたる実の姉様が、何かとかれの世話を焼き、よい小説家として美事に花咲くよう、きらきら光るストオヴを設備し、また、部屋の温度のほどを知るために、寒暖計さえ柱に掛・・・ 太宰治 「喝采」
・・・「温度表を見て下さい。二十日以降、注射一本、求めていません。私にも、責任の一半を持たせて下さい。注射しなけれあいいんでしょう?」「いいえ、保証人から全快までは、と厳格にたのまれてあります。」ただ、飼い放ち在るだけでは、金魚も月余の命、保たず・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・あの時に一度池の水の温度でも測ってみたらよかったと、あとで思いついたが、当時はそれどころではなかった。事によると薄いスプルングシヒトぐらいはできていたかもしれなかった。 鯉については、某教授に関する一插話がある。教授が池を見おろしながら・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・これが東京音頭の流行となんらかの関係があるかどうかは不明であるが多少の関係があるかもしれない。 洋画の方に「測候所」があると、日本画の方にも「測候所」及び「海洋気象台」がある。ガードやガソリンスタンドなども両方にある。それだのに、洋画の・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・日本でも東京音頭やデッカンショがあると言えば、それはある。しかし上記のトーキーに出て来る二つの合唱だけに比べても実になんという貧しさであろう。 これはトーキー作者の問題であると同時に、国民全体の音楽的生活に関する問題でもある。 ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
出典:青空文庫