・・・という怪奇なテーマをもつ記録文学がいくとおりか発表され、輿論の注目をひいたためであった。現地の軍当局の信じられないほどの無責任、病兵を餓死にゆだねて追放するおそろしい人命放棄についても記録されはじめた。大岡昇平氏の「俘虜記」そのほかの作品に・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・琴平の怪奇なようなぼっこり山の黒いかげの下の真暗な石段道も、そこが四国であれば珍らしく思えた。 石段の数が次第に多くなって黒いぼっこり山の頂近いところに、煌々と電燈を射出している一つの家が見えた。「一寸おどかそうかな」 若い人は・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・勿論、直接の感覚としては面白さを求めるとも見えるが、面白さの要素は心理的に綜合的なものであり、探偵小説、怪奇小説の類でさえ書かれている世界のリアリティーは、面白くない面白いを決定する重大な契機となっている。 面白さが読者大衆から要求され・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・現在行われている探偵小説、怪奇小説の類は退屈しているもの、毎日の生活感情に自主的弾力と方向とをもたないものが、面白がって熱中するのであろうと思う。この種の物語は最後に必ず解答が出て来るという厳然とした約束に立っている。しかもそこまでを、出来・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ 彼女たちは、長い長い会期の間に、何を婦人のために解決しただろうか。女の苦労が集注している孤独な母たり妻たるひとの心からなる一票に、どんな現実をもって答えたであろうか。 深い原因からひきおこされた不幸は、それが大きければ大きいだけ、・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・「バルザックが、その怪奇癖と、衒学趣味と晦冥で誇張的なその文体とで、以上にのべた近代人の趣味が要求するものの猶上を行っていることは遺憾ながら私も認めざるを得ない。しかし、それは問題でない。バルザックの聴衆はそれ独特のものであり、そのものとし・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・が作家との間にもっている内在的関係も云わば複雑怪奇ならざるを得ない点もある。若しその内在的なものを肯定するとすれば、そのように人生的な意味では既に現代らしくディフォーメイションしたものとしてあらわれている「嫌な奴」の存在を、文学として、即ち・・・ 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
「『マクベス』はシェークスピアの最も大きな、そしてそれと共に最も怪奇な作品の一つである。この作では一方からは彼の創造的天才の巨大な力が全部反映し、他方からは彼が生活している世紀の野蛮さの全部が反映している」「シェークスピ・・・ 宮本百合子 「ベリンスキーの眼力」
・・・後家は五人扶持をもらい、新たに家屋敷をもらって、忠利の三十三回忌のときまで存命していた。五助の甥の子が二代の五助となって、それからは代々触組で奉公していた。 忠利の許しを得て殉死した十八人のほかに、阿部弥一右衛門通信というものがあっ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・某が相果て候今日は、万治元戊戌年十二月二日に候えば、さる正保二乙酉十二月二日に御逝去遊ばされ候松向寺殿の十三回忌に相当致しおり候事に候。 某が相果候仔細は、子孫にも承知致させたく候えば、概略左に書残し候。 最早三十余年の昔に相成り候・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫