・・・何度目付衆が出て、制しても、すぐまた、海嘯のように、押し返して来る。そこへ、殿中の混雑もまた、益々甚しくなり出した。これは御目付土屋長太郎が、御徒目付、火の番などを召し連れて、番所番所から勝手まで、根気よく刃傷の相手を探して歩いたが、どうし・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・大の男が五人も寄ってる癖に全くあなたがたは甲斐性なしだわ。戸部 畜生……出て行け、今出て行け。とも子 だからよけいなお世話だってさっきも言ったじゃないの。いやな戸部さん。(悔戸部うなる。言われなくたって、出たけ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「正寅の刻からでござりました、海嘯のように、どっと一時に吹出しましたに因って存じておりまする。」と源助の言つき、あたかも口上。何か、恐入っている体がある。「夜があけると、この砂煙。でも人間、雲霧を払った気持だ。そして、赤合羽の坊主の・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ おやじというのは、お袋とは違って、人のよさそうな、その代り甲斐性のなさそうな、いつもふところ手をして遊んでいればいいというような手合いらしい。男ッぷりがいいので、若い時は、お袋の方が惚れ込んで、自分のかせぎ高をみんな男の賭博の負けにつ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・一 淡島氏の祖――馬喰町の軽焼屋 椿岳及び寒月が淡島と名乗るは維新の新政に方って町人もまた苗字を戸籍に登録した時、屋号の淡島屋が世間に通りがイイというので淡島と改称したので、本姓は服部であった。かつ椿岳は維新の時、事実上淡島・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「何べん解消しようと思ったかも分れしまへん」 解消という言葉が妙にどぎつく聴こえた。「それを言いだすと、あの人はすぐ泣きだしてしもて、私の機嫌とるのんですわ。私がヒステリー起こした時は、ご飯かて、たいてくれます。洗濯かて、せえ言・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・が、何かにつけて蝶子は自分の甲斐性の上にどっかり腰を据えると、柳吉はわが身に甲斐性がないだけに、その点がほとほと虫好かなかったのだ。しかし、その甲斐性を散々利用して来た手前、柳吉には面と向っては言いかえす言葉はなかった。興ざめた顔で、蝶子の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 一つには、歌に依ってこの当面の気まずさが解消されるだろうという事と、もう一つは、それは私の最後のせめてもの願いであったのだが、とにかく私はお昼から、そろそろ日が暮れて来るまで五、六時間も、この「全く附き合いの無かった」親友の相手をして・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・一つは雨夜の仮の宿で、毛布一枚の障壁を隔てて男女の主人公が舌戦を交える場面、もう一つは結婚式の祭壇に近づきながら肝心の花嫁の父親が花嫁に眼前の結婚解消をすすめる場面である。 婦人の観客は実にうれしそうに笑っていたようである。こういうアメ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・というよりも「結婚が解消した」という云い方がやはり客観的現象的であり科学的であるかもしれない。「憂鬱になった私である」といったような不思議な表現の仕方も、そう考えるといくらか了解出来るようである。 四 流行言・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
出典:青空文庫