・・・是れ無聊を慰むる一快事たり。 永井荷風 「夕立」
・・・「で、お前はどこまでも海事局で頑張ろうと云う積りかい?」 と、セコンドメイトは、私に訊いた。「篦棒奴。愚図愚図泣言を云うない。俺にゃ覚悟が出来てるんだ。手前の方から喧嘩を吹っかけたんじゃねえか」 私は、実は歩くのが堪えられな・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・かつまた、後来この挙に傚い、ますますその結構を大にし、ますますその会社を盛んにし、もって後来の吾曹をみること、なお吾曹の先哲を慕うが如きを得ば、あにまた一大快事ならずや。ああ吾が党の士、協同勉励してその功を奏せよ。・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・ 資本家地主の専制的な権力をよりあってかためている軍人華族ブルジョア反動教育家などの写真を何枚も見せられ、外国人の写真が出たから何かと見ると下に「人生の快事」と題して「人生にすべての苦難がなくなったときの索漠たる物寂しさを想像して見よ」・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・「わたしは先日、拘留開示の前におあいしたとき、ぜんぜんこの事件には関係ないといいましたが、それはウソで、じつは私が電車を走らせたのです」それに対して、今野弁護人が質問した。「それでは先日、なぜウソをいったのですか。」答「私は飯田さんたち・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・これは一種の諷刺のようにも聞き取られるが、ある友達の云うには、あれはやはり真に偶像破壊と云うことを快事だとして言ったのだろうと云うことである。それはどちらにしてもマルチン・ルテルの聖書のドイツ訳だって、当時は荘重を損じたように感じたのだから・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・生きている以上は種々の日常の不快事を避ける事ができぬ。むしろそれらの不快事が生きている事の証拠である。人生とはもともとかくのごときものにほかならなかった。 しかし先生は「死」を「生」より尊しとしながらも、「死」を謳歌しなかった。死もまた・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
・・・これらの演劇形態について詳しい知識を有する人が、一々の動作の仕方を細かく分析し比較したならば、そこにこれらの芸術の最も深い秘密が開示せられはしまいかと思われる。 一、二の例をあげれば、人形使いが人形の構造そのものによって最も強く把握して・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫