・・・いわんや、焼酎など、怪談以外には出て来ない。 変れば変る世の中である。 私がはじめて、ひや酒を飲んだのは、いや、飲まされたのは、評論家古谷綱武君の宅に於てである。いや、その前にも飲んだ事があるのかも知れないが、その時の記憶がイヤに鮮・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・それから、これは怪談ではないけれど、「久原房之助」の話、おかしい、おかしい。 午後の図画の時間には、皆、校庭に出て、写生のお稽古。伊藤先生は、どうして私を、いつも無意味に困らせるのだろう。きょうも私に、先生ご自身の絵のモデルになるよう言・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・君は怪談を好むたちだね?」「ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するようです」「こんな怪談はどうだ」馬場は下唇をちろと舐めた。「知性の極というものは、たしかにある。身の毛もよだつ無間奈落だ。こいつをちらとでも・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・子供の頃、私は怪談が好きで、おそろしさの余りめそめそ泣き出してもそれでもその怪談の本を手放さずに読みつづけて、ついには玩具箱から赤鬼のお面を取り出してそれをかぶって読みつづけた事があったけれど、あの時の気持と実に似ている。あまりの恐怖に、奇・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 代々木の停留場に上る階段のところで、それでも追い越して、衣ずれの音、白粉の香いに胸を躍らしたが、今度は振り返りもせず、大足に、しかも駆けるようにして、階段を上った。 停留場の駅長が赤い回数切符を切って返した。この駅長もその他の駅夫・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ところがその翌日は両方の大腿の筋肉が痛んで階段の上下が困難であった。昨日鬼押出の岩堆に登った時に出来た疲労素の中毒であろう。これでは十日計画の浅間登山プランも更に考慮を要する訳である。 宿の夜明け方に時鳥を聞いた。紛れもないほととぎすで・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ それからずっと後に同じ著者の「怪談」を読んだときもこれと全く同じような印象を受けたのであった。 今度小山書店から出版された「妖魔詩話」の紹介を頼まれて、さて何か書こうとするときに、第一に思い出すのはこの前述の不思議な印象である。従・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・うんぬん、とあって、ちゃんとそのT氏の自宅においてT氏と会談したことになって記述されていたのである。 この二つの実例から見ても新聞記事にはちゃんとした定型が確立されていて、いかなる場合にでもそれを破ることが禁ぜられているらしく思われるの・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・この点では論語や聖書も同じことであるのみならず、こういう郷土的色彩の濃厚な怪談やおどけ話の奧の方にはわれらとは切っても切れない祖先の生活や思想で彩られた背景がはっきりと眺められるのであるから、こういう話を繰返し聞かされている間にわれわれの五・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ このヤコブと天使との相撲の話は、私にはまた子供の時分に郷里の高知でよく聞かされた怪談を思い出させる。 昔の土佐には田野の間に「シバテン」と称する怪物がいた。たぶん「柴天狗」すなわち木の葉天狗の意味かと想像される。夜中に田んぼ道を歩・・・ 寺田寅彦 「相撲」
出典:青空文庫