・・・――おい、君、こうなればもう今夜の会費は、そっくり君に持って貰うぜ。」 飯沼は大きい魚翅の鉢へ、銀の匙を突きこみながら、隣にいる和田をふり返った。「莫迦な。あの女は友だちの囲いものなんだ。」 和田は両肘をついたまま、ぶっきらぼう・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ある上役や同僚は無駄になった香奠を会費に復活祝賀会を開いたそうである。もっとも山井博士の信用だけは危険に瀕したのに違いない。が、博士は悠然と葉巻の煙を輪に吹きながら、巧みに信用を恢復した。それは医学を超越する自然の神秘を力説したのである。つ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・其処にもまた、呪うべく愍れむべき性急な心が頭を擡げて、深く、強く、痛切なるべき考察を回避し、早く既に、あたかも夫に忠実なる妻、妻に忠実なる夫を笑い、神経の過敏でないところの人を笑うと同じ態度を以て、国家というものに就いて真面目に考えている人・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・大きくいえば、判断=実行=責任というその責任を回避する心から判断をごまかしておく状態である。趣味という語は、全人格の感情的傾向という意味でなければならぬのだが、おうおうにして、その判断をごまかした状態の事のように用いられている。そういう趣味・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・思切って、ぺろ兀の爺さんが、肥った若い妓にしなだれたのか、浅葱の襟をしめつけて、雪駄をちゃらつかせた若いものでないと、この口上は――しかも会費こそは安いが、いずれも一家をなし、一芸に、携わる連中に――面と向っては言いかねる、こんな時に持出す・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・卑怯に回避するのではありません。私は自分の仕事が忙しい。いま分別をしている余裕が、――人間の小さいために、お恥かしいが出来ないのです。しかし一月、半月、しばらくお待ち下さるなら、その間に、また、覚悟をしてみましょう。夫人 先生、私は一晩・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・そして、第一義の献身的、教化的精神に立つことを回避する。それには、困苦と闘争が予想されるからだ。芸術の権威は、彼等によって、すでに軟化される。そして、表現されたものは芸術本来の姿ではなくして、畢竟自己の趣味化された技巧の芸術となって、第一義・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・おきまりの会費で存分愉しむ肚の不粋な客を相手に、息のつく間もないほど弾かされ歌わされ、浪花節の三味から声色の合の手まで勤めてくたくたになっているところを、安来節を踊らされた。それでも根が陽気好きだけに大して苦にもならず身をいれて勤めていると・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
一 神田のある会社へと、それから日比谷の方の新聞社へ知人を訪ねて、明日の晩の笹川の長編小説出版記念会の会費を借りることを頼んだが、いずれも成功しなかった。私は少し落胆してとにかく笹川のところへ行って様子を聞いてみようと思って、郊・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・私の自殺を回避させてくれた。私は酒を呑んで、少し自分の思いを、ごまかしてからでなければ、友人とでも、ろくに話のできないほど、それほど卑屈な、弱者なのだ。 少し酔って来た。すし屋の女中さんは、ことし二十七歳である。いちど結婚して破れて、こ・・・ 太宰治 「鴎」
出典:青空文庫